アントニオ・バルデスはペンションの建物を出ると駐車場に待たせていた車に乗り込んだ。後部席に既に乗り込んで彼を待っていた人物がいた。彼にバルデスが言った。
「マイロは何も知らない。シャーガス病を媒介する虫を予防する手段を考えているだけだ。」
「それじゃ、このまま放置しておいて大丈夫と言うことですね。」
と呟いた男は、ほっと一息ついた様子だった。バルデスが尋ねた。
「君を何処まで送って行けば良い?」
「発掘隊のキャンプで結構です。まだ掘らなきゃならないので。」
バルデスが町名を告げると、車が動き出した。 バルデスが更に尋ねた。
「学生達にマイロのことはどう説明しているんだ?」
「何も・・・」
男はクスッと笑った。
「ケサダ教授とサンチョ・セルべラス先輩が上手く誤魔化してくれた筈です。誰もマイロのことなんか覚えちゃいません。」
「その・・・」
バルデスは頭を掻いた。
「教授と君の先輩のことを俺は忘れた方が良いんだろうな。」
「そうですね。忘れた方が気が楽ですよ。」
「それじゃ、忘れよう。」
オルガ・グランデの実力者が苦笑した。
「マイロも運の良いヤツだ。遺跡に落っことされるなんて。廃坑だったら、死んでいた。」
「そうですね。」
男も笑った。
「あの教授は結構気まぐれなところがある方なので、たまたま墓所の奥まで足を伸ばされたんです。発掘現場に留まっておられたら、誰もあのアメリカ人が落ちて来る音を聞かなかったでしょう。」
そして彼はバルデスに言った。
「貴方にスパイの様な役目を頼んでしまって、すみませんでした。グラシャス。」
「気にするな。俺はあの程度の腹の探り合いに慣れている。」
やがて遺跡に通じる坑道の入り口に近づくと、男は「ここで」と言い、車が停止した。ドアを開いて外に出た男は、バルデスに挨拶した。
「グラシャス、セニョール。貴方の協力を少佐に伝えておきます。」
「別に恩に着せる様なことはしていない。それにこれは、本来君等の仕事じゃないだろう。」
「そうです。では、ブエナス・ノチェス。」
「ブエナス・ノチェス。」
ドアが閉まり、走り去る車に向かって、アンドレ・ギャラガ大統領警護隊文化保護担当部所属少尉は敬礼して見送った。
0 件のコメント:
コメントを投稿