ドレスコードが気になってクローゼットを覗いて見ると、嫌味にならない程度にジャケットやシャツ、ボトム、革靴などが置かれていた。ネクタイがないので、仕方なくノータイで部屋を出た。チャパも「こんな服装は成年式の時以来です」とはにかみながら着替えて現れた。
ダイニングルームに行くと、他の客もみなリラックスした服装で、リゾート気分でいることがわかり、2人は少し気が楽になった。
案内されたテーブルは商談の客達から少し離れた位置にあったが、却って有り難かった。コース料理のメインと酒を好きな物をメニューから選べた。マイロは酔いたくなかったので、ビールにした。チャパもビールだ。セルバ人はビールが好きだ。地ビールだけでも10種類以上あった。
食事を終える頃に、不意に一人の男性がテーブルの横に立った。
「ドクトル・マイロとセニョール・チャパですね?」
顔を上げると、体格の良い日焼けしたメスティーソの男が立っていた。労働者ではなく事務仕事をしている綺麗な手をしていた。服装はマイロ達同様に淡い色のシャツの上に薄手のジャケットを着て、タイはしていなかった。
マイロは立ち上がった。チャパも慌てて立ち上がった。
「アーノルド・マイロとホアン・チャパです。」
「アントニオ・バルデスです。」
「今日は思いがけないお招きを有り難うございます。」
握手すると、力強い手応えが返ってきた。バルデスと言う男は気力も体力も充実している様だ。マイロが質問する前にバルデスが言った。
「この待遇に不審を抱いておられると思います。説明をさせて頂いてよろしいですか?」
「お願いします。」
バルデスが2人に座るよう合図すると、ボーイがバルデス自身の為の椅子を素早く運んで来た。丸テーブルを3人で囲む形になった。
「先ず、これを貴方にお返しします。」
バルデスがポケットから携帯電話を出してマイロに差し出した。マイロは目を見張った。彼の引ったくられた携帯電話だった。
「これをどこで?」
「市内の闇市でね・・・」
バルデスが溜め息をついた。
「貧富の差が犯罪を生む。私の会社は大きいが、この国全体を救う力はありません。」
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