陸軍病院へは、アンドレ・ギャラガが道案内を兼ねて同行してくれた。古い趣のある植民地時代を彷彿させる建物だったが、中身は近代的な病院だった。受付でギャラガが自身のI Dを提示して、連絡が入っている筈だと言うと、すぐに看護師が現れて診察室へ案内してくれた。
マイロはレントゲンを撮ってもらい、改めて傷口の消毒をしてもらった。怪我をした経緯を語ると、医師は「運が良かった」と言った。
「殺されて捨てられても不思議ではないです。あのペンディエンテ・ブランカ地区はオルガ・グランデでも一番治安の悪い地域です。憲兵隊に連絡を入れておいたと、付き添いの方が仰ったが、まず犯人は捕まりません。」
それは携帯電話も戻って来ないと言うことだ。マイロは貴重な写真やメモや友人達の電話番号などを失ったことを悔やんだ。
特に大きな怪我でなく、薬も不要だと言われ、処置代だけを支払って(払ったのはチャパだ)、病院を出たのはシエスタの時間が始まった後だった。
「クレジットカードは大丈夫だったんですか?」
チャパに訊かれて、マイロはカード会社にも連絡する必要性を思い出した。
「ああ、なんてこった!」
思わず英語で悪態をついた。ギャラガがチラリと彼を見た。
「カードを使える店は限られています。貴方の事件はアンゲルス鉱石に通報しておいたので、なんとかしてくれるでしょう。」
「鉱山会社が何をしてくれるんだ?」
マイロが重い気分で尋ねると、チャパが理解したと言う表情でギャラガを見た。
「アーノルド・マイロ名義のカードを使う客がいたらすぐに会社に知らせが入るんですね?」
「スィ。」
セルバ人同士で何か暗黙の了解事項があるようだ。
ギャラガが昼食に誘ってくれた。マイロは食欲がなかったが、若者が案内してくれた食堂は美味しい煮込み料理を出しており、匂いを嗅いだら急に手が動いて彼は食べ物を腹に詰め込んでしまった。チャパも満腹で嬉しそうだ。
食事中にギャラガの携帯に誰かから電話がかかって来て、若者は数分間中座した。戻って来ると、彼は尋ねた。
「宿泊はどちらに?」
「セラード・ホテルと言う宿だが・・・」
ああ、とギャラガが頷いた。知っている宿の様だ。
「夕刻迄そちらで休んで下さい。知人が1800、つまり午後6時に迎えに行くので、荷物を持って車に乗って下さい。知人が別の宿に案内してくれます。」
「どう言うことです?」
ギャラガはちょっと困った顔をした。
「知人は国費で研究されている外国人がオルガ・グランデで事件に巻き込まれたことを恥ずかしく思っています。 それで、貴方を励ましたいと思っている様です。」
意味がわからない。マイロの表情を見て、ギャラガが苦笑した。
「戸惑われるのは当然です。私も今迄そんな待遇を聞いたことがありません。でも断らない方が良いですよ。断られることに慣れていない階級の人ですから。」
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