2023/02/08

第9部 古の部族       12

  小屋の外から車のエンジン音が聞こえて来た。ケサダ教授がマイロの為に小屋の隅に置かれた大きな保冷ボックスから水の瓶を取り出した時に、車がドアの前で停止した。車のドアが開閉する音が聞こえ、やがて3人の若い男が入って来た。先頭を走って来たのがホアン・チャパで、次がサンチョ・セルべラス、最後がマイロが初めて見る赤毛の白人だった。

「ドクトル!」

 チャパがマイロに抱きついた。

「無事だったんですね! 良かった!! ドクトル・メンドーサが警察に電話をかけようとしたところへ、そこの・・・」

 彼は赤毛の白人を振り返った。

「ギャラガ君が来て、貴方が無事だと教えてくれたんです。」

 ギャラガと呼ばれた男は、ケサダ教授と一瞬視線を交わし、それから己の繋ぎのポケットからマイロにとって見覚えのある品物を出して来た。

「溝に捨てられていました。現金は抜かれていましたが財布と身分証です。パスポートも・・・」

 汚れてしまった貴重品をマイロは受け取った。夢中で確認しているマイロは、背後でケサダ教授とセルべラスが視線を交わし、意味深に笑みを浮かべたことに気が付かなかった。チャパが溜め息をついた。

「パスポートを売り飛ばされなくて良かったです。」
「財布だって、この辺りじゃ売り物だからね。」

とギャラガが言った。マイロは顔を上げ、ギャラガが若いのに鍛え上げた肉体を持つことに気がついた。何かアスリートの様だ。教授や仲間と同じ様に繋ぎを着ているが、立派な筋肉を持っていることがわかる。考古学の学生なのだろうが、まるで軍人の様な雰囲気だ。

「医者に掛かりますか?」

とチャパがマイロに尋ねた。自分達も医学の分野の人間だが、マイロは頭部を怪我している。用心したいのは当然だ。

「ペンディエンテ・ブランカ診療所が一番近いが、この時間はシエスタの前で忙しいだろう。」

 ケサダ教授がそう言って、携帯電話を出した。マイロは己の携帯電話はどうしたのだろう、と思った。ギャラガが持って来てくれた品物の中に彼の携帯はなかった。
 ケサダ教授は誰かに電話を掛け、診察の手配をしている様子だった。マイロは横になりたくなった。気分が悪い訳ではない。酷く疲労を感じたのだ。セルバ共和国に発症例がないと思われたシャーガス病は、存在した。真剣にサシガメを探していたことが無駄になった。市街地で存在しない患者がスラムにいるのは、やはり住居の建築資材や構造の問題だろう。
 教授が通話を終えて、マイロに言った。

「陸軍病院が受け入れてくれるそうです。これからすぐに行きなさい。」


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