2023/02/08

第9部 古の部族       10

  地下の世界は、かなり現実的だった。地下墓地の遺跡から少し通路を歩くと、すぐに機械音が聞こえ、明るい空間が広がっていた。坑道から搬入された鉱石をベルトコンベアに載せて地上へ運ぶ基地の様な場所だった。大勢の労働者達が働いていた。オルガ・グランデの一大産業と言うのが理解出来る光景だ。もしかすると地上の労働者より多いのかも知れない。

「ここはアンゲルス鉱石の3番坑です。」

とマイロの耳元で学生のセルべラスが大声で言った。大きな声を出さないと聞こえないのだ。

「僕等は、こちらのエレベーターで地上へ上がります。」

 地下墓地の出口からすぐのところに、小さなエレベーターが設置されていた。

「別に僕等の為に造ってくれた訳じゃないんですが、たまたま近くで遺跡にぶち当たったので、アンゲルス鉱石がグラダ大学に連絡してくれたんですよ。」
「遺跡を調査してしまわなければ、坑道を拡張出来ないからね。」

とケサダ教授も怒鳴った。

「エレベーターは、緊急避難用と換気口、食糧や水の調達の為に、たくさん造られている。今調査している地下墓地は運が良い場所にあった。」

 彼等は狭いエレベーターに乗り込んだ。マイロは長い梯子がエレベーターの横に設置されているのを見て、あれを登らずに済んで良かった、と心から安堵した。まだ後頭部が痛かったし、梯子を登る間に貧血でも起こしそうな気分だ。
 ガタガタ音を立てながらも、エレベーターは無事に地上に出た。扉を開くと、またゲイトがあり、番人がいた。市民が勝手に入り込まないように、また掘っているのが金鉱石なので、警備がいるのだ。ケサダ教授は番人に挨拶して、通行証らしきパスを見せた。セルべラスも見せた。マイロは身分証を持っていなかったが、番人は見せろと言わなかった。
 3人は陽光の中を歩き、少し離れた広い場所に建てられたプレハブの小屋の一つに入った。そこはどうやらグラダ大学考古学部の宿泊所らしく、学生達の荷物や毛布が所狭しと置かれていた。
 ケサダ教授はマイロを端の空いた場所に置かれているテーブルと椅子へ案内した。マイロはそこで椅子に座り、セルべラスの手で後頭部の傷の手当を受けた。血で汚れたガーゼを見て、マイロはゾッとした。頭を割られずに済んで良かった。

「連れがいるんです。僕の助手でホアン・チャパと言う若者です。車で待っている筈ですが・・・」

 チャパは車でマイロの後ろをついて来ていた。もし、マイロがひったくりを追いかけて走ったのを、チャパまでが追いかけていたら・・・。マイロは心配になった。ケサダ教授は慌てなかった。

「貴方が落ちた穴の位置は見当がつきます。ペンディエンテ・ブランカと呼ばれるスラムの坂道から路地に入ったところでしょう。車は入れないから、坂道のどこかに貴方の連れはいると思われます。すぐ探してもらいましょう。」

 教授が学生の目を見た。セルべラスが頷いて、外へ出て行った。
 マイロは溜め息をついた。

「身分証と財布を取られました。パスポートも奪われました。僕を知っている人々に出会えたことが奇跡の様です。」
「何故医学部の人があんな物騒な場所に行かれたのです?」
「ペンディエンテ・ブランカの診療所を訪問したのです。シャーガス病の症例があると聞いたので・・・医師と話をして、それから実際に病気や媒介する昆虫を見つけた人がいないか、探しに行ったんです・・・否、違うな・・・」

 ようやくマイロの記憶がはっきりしてきた。

「医師が、シャーガス病を防ぐために、この国の人は呪い師を雇う話をしたんです。それで、僕は呪い師が虫から身を守るための薬剤か何かを使っているのかも知れないと思い、呪い師に連絡するつてを探していたんです。」

 考古学者が暫く沈黙した。そしてマイロは気がついた。この教授は純血の先住民だ。さっきの学生も先住民だった。もしかして、呪い師を知っているのではないか・・・。

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