マイロはケサダ教授の沈黙の理由が判らなかった。呪い師との接触方法を考えてくれているのか、それとも呪いなど信じるに足らぬものだと考えているのか。
やがて、教授が静かな口調で質問して来た。
「呪い師に関して、どんな話を聞かれました?」
「ああ・・・」
マイロは天井に視線を向けた。
「グラダ大学医学部では、民間信仰による治療に頼る市民がまだ存在すると聞きました。医療を信用出来なくて、最期は呪い師に祈祷を頼むとか。
アスクラカンでは、家を建てる時に呪い師に祈祷してもらい、その家に住む家族に災いが降りかからない様に祈ってもらうのだと言う話でした。だから、アスクラカンではシャーガス病の症例は聞かない、と町医者が言っていました。勿論、彼は祈祷のお陰でサシガメが家に住み着かないと信じている訳ではありませんが。
ペンディエンテ・ブランカ診療所のメンドーサ医師は、スラム街の住民は呪い師を雇う金がないので儀式をしてもらえないと言っていました。だから、ここのスラム街にはシャーガス病の患者がいるのです。」
フン、とケサダ教授が鼻を鳴らした。
「呪い師に病気を退ける力などありません。虫を追い払う特別な薬剤を使うのでもありません。そんな薬剤が存在したら、今頃中南米各国で販売されているのではないですか?」
正論だ、とマイロは思った。彼は無意識に頭の傷に手をやって、腕の痛みに気がついた。どうやら穴に落ちた時の打撲傷らしい。
「体をところどころ打ったみたいです。失礼して服を脱がせてもらいます。」
彼はシャツを脱いでみた。肌は黒いが打ち身があれば自分でわかる。そして傷は打ち身ではなく擦過傷だった。緊張が解けてきて、痛みが今頃出て来たのだ。教授が彼の体を眺めた。
「背中と腕に擦過傷があります。包帯の必要はないが消毒しておきましょう。」
ヒリヒリする痛みにマイロは耐えた。彼の胸にぶら下がっている牙のネックレスに、教授が目を細めた。
「良いお守りをお持ちだ。」
「アダン・モンロイが貸してくれたんです。これを奪われなくて良かった。」
「誰もそんな物を奪おうとは思わないでしょう。」
ケサダ教授は微かに意味不明な笑みを口元に浮かべた。マイロは気づかずに言った。
「これのお陰で殺されずに済んだのかも知れません。」
ケサダが小さく頷いた。スィ、と。
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