ケツァル少佐だけでなく、テオもデネロス少尉も一緒にキロス中尉が立っている草むらへ行った。中尉が南西方向を指差した。
「あちらの方から嫌な臭いがするのですが、嗅ぎ取れますか?」
テオは鼻をひくつかせてみた。湿った森の臭いしかしなかった。しかしケツァル少佐は微かに鼻に皺を寄せ不快感を示した。そしてデネロスに至っては、再び顔色を変えて仲間から離れた。もう胃は空っぽだと思えたが、オエーっと音がした。
キロス中尉が心配そうに少尉が消えた草むらを見た。テオは言った。
「マハルダは勇敢だが、デリケートでもあるんだ。俺には嗅げない臭いを、彼女は凄く不快に感じるんだろう。」
ケツァル少佐が言った。
「この臭いは死の臭いです。正常な亡くなり方をした人のものではなく、何者かによって強引に命を奪われて、さらに侮辱された人の臭いです。」
キロス中尉も頷いた。
「以前、デランテロ・オクタカスの森の奥で、少年が己の家族を惨殺した事件がありました。少年は悪霊に憑依されて犯行に至ったのですが、その悪霊は大昔に裁判で有罪判決を下されて処刑された人間のものでした。恐らく本人には納得の行く判決ではなかったのでしょう。だから悪霊化したのです。憑依された少年から酷く嫌な臭いがしていました。悪霊の臭いだとわかりました。”ティエラ”や血が薄くなった一族の末裔には嗅げない臭いです。今、我々が嗅いでいる臭いは、まさにそんな臭いです。」
テオは先刻まで自分達がいた、イスマエル・コロンの骨が発見された場所を振り返った。
「コロンの骨があった場所より、その臭いは酷いのか?」
「スィ。」
キロス中尉はまたデネロスがいる方向を見た。恋人の様子が気になるのだ。
「コロンと言う男性が実際に殺害された場所から匂って来るのか、あるいはもう一人行方不明になっているサバンと言う男の臭いなのか、私にはわかりませんが、犯罪現場から漂って来ることに間違いありません。」
「サバンは”シエロ”でコロンは”ティエラ”だろ?」
「死の臭いは人種に関係ありません。」
するとケツァル少佐が決断を下した。
「ドクトルと私はこの臭いを辿ってみます。キロス中尉、貴方はデネロス少尉とこの周辺をもう少し捜索して下さい。憲兵隊が見落とした物がまだあるかも知れません。」
彼女は繊細な部下を犯罪現場に連れて行きたくないのだ。キロス中尉をデネロスと一緒に残すのは、決して2人が恋人同士だからではない。マハルダ・デネロスの神経質がもしマックスになってしまった時、鎮めることが出来るのは、”ティエラ”のテオではなく”シエロ”のキロス中尉の方だから。
キロス中尉もそれを理解した。敬礼して指図を了承した。
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