2023/12/08

第10部  依頼人     5

  フローレンス・エルザ・ロバートソン博士はセルバ野生生物保護協会で小型のネコ科動物マーゲイの生息域の調査をしていた。マーゲイは家猫より一回り大きな動物で斑の毛皮が美しい。彼女の助手は5人いたが、そのうちの一人オラシオ・サバンは先住民の出で、単独行動が好きな男だった。森に出かけて1週間帰らないことが多かったので、彼が協会本部に姿を見せない日が続いても気にする者はいなかった。しかし、2週間前、別の助手で、ロバートソンより長く協会で働いていたイスマエル・コロンがサバンからの連絡が途絶えて10日以上経つことを思い出し、彼を探すべきだと言った。この時点ではまだ協会ではサバンがひょっこり帰って来るだろうと言う楽観があったので、コロンに賛同する人はいなかった。それでコロンは、一応ロバートソンの許可を得て一人で森に入った。サバンは普段奥地に入らなかったので、コロンもそんなに奥に行かないだろう、とロバートソンは思ったのだ。
 コロンの消息もそれっきり途絶えてしまった。
 1週間経って、協会は捜索に乗り出した。そしてアンティオワカ遺跡から西へ4キロ程入った森の中で、人間の死体らしきものを発見したのだった。

「動物に食い荒らされ、骨が散乱していました。衣類の断片と骨・・・それだけでした。」

 ロバートソンはハンカチを出して鼻を押さえた。

「衣類の色から、コロンの服だと推測されます。コロンが何らかの原因でそこで亡くなったとして、何故服と骨しか残っていないのか、不思議なのです。」
「・・・と仰ると?」
「普通、動物保護活動で森に入る場合でも、私達は護身用にライフルを持って行きます。使用したことはまだありませんが、何が起こるかわかりませんから。」

 テオは彼女が言いたいことを推測出来た。

「銃がなくなっていたのですね?」
「スィ。銃だけでなく、携帯電話も無線機もありませんでした。彼が背負って行ったであろう荷物の一切がありませんでした。」
「コロンさんは、動物に襲われたのではなく、人間に殺害されたとお考えですか?」

と尋ねてから、テオは慌てて言った。

「この骨片がコロンさんのものだと想定してのことですが・・・」
「それを確認したくて、アルスト博士に鑑定をお願いしたいのです。」

 ロバートソンは別の物をバッグから出した。ヘアブラシだった。

「コロンの奥さんからお借りしました。サンプルが足りなければ、別の物を借りて来ます。」
「これで十分だと思います。」

 テオは悲しい気分で言った。

「貴女のお考えが間違っていれば良いのですが・・・」
「コロンが殺害されたと考えると、サバンも無事ではないのかも知れません。」

 ロバートソンは鼻を噛んだ。

「鑑定費用はお支払いします。よろしくお願いします。」


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第11部  紅い水晶     18

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