2023/12/09

第10部  依頼人     6

  ロバートソンが帰ると、テオは学生達を呼び戻し、午後の授業を行った。教室では研究室で行うのだ。ロバートソンから託された骨片を用いて作業を行った。
 骨を綺麗に洗浄し、砕かずに彼自身が開発した薬品で脱灰処理をしてカルシウムを融解した。タンパク質を除去して、D N Aを抽出し、P C R法による増幅を行い、コピーを多めに作った。同時にヘアブラシの毛髪を助手達に渡し、毛根からD N Aを抽出させた。
 学生達は毛髪からの遺伝子抽出には慣れていたが、骨片からのD N Aとの比較は初めてだった。彼等は比較対象が骨であることに緊張を覚えた様だった。

「先生、もしかして、これは犯罪捜査ですか?」
「恐らくな・・・」

 テオは犯罪捜査の為の遺伝子鑑定を既に何度か依頼されてきたので慣れている。しかし慣れたからと言って、心がいつも穏やかだとは言えない。骨になってしまった人の運命や遺族の気持ちを考えると、胸が重く感じるのだった。ロバートソン博士は言っていた。イスマエル・コロンには妻子がいるのだと。
 学生達に緘口令を敷くわけではなかったが、若者達は研究内容に関して他言しない。彼等はテオの研究室の中で行われることがセルバ共和国では最先端技術を用いた研究であると理解しており、外で気安く喋るものでないと知っていた。
 テオは自宅では研究の話をしない。話したところで同居している婚約者のシータ・ケツァル少佐に「難しいことを言われても理解出来ません」と拒否られてしまうだけだ。しかし事件の話は出来た。学生には研究の話は出来ても依頼内容は言えなかったが、少佐には研究内容を言えなくても事件の話は出来た。
 ケツァル少佐は事件内容より事件現場がアンティオワカ遺跡の近くと言うことに興味を抱いた。以前麻薬犯罪組織が麻薬の隠し倉庫に利用した遺跡の近所で殺人事件が発生した可能性があるのだ。

「アンティオワカはまだ閉鎖されたままですが、他人の留守宅に侵入する輩はどこでもいるものです。」

 少佐は遺跡を見ておきます、と言った。

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第11部  紅い水晶     19

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