2024/01/07

第10部  穢れの森     13

 移動パン屋のホアンは、お堅いキロス中尉の本当に幼馴染なのか、と疑ってしまうほど、軽い印象の男だった。カリブ系の血が入っているのか肌が浅黒く、髪はドレッドに編み込んでいた。鼻や唇、耳にピアスが光り、派手な赤いシャツを着ていた。そのホアンが運転席から降りるなり、キロス中尉としっかりハグし合ったので、テオもデネロス少尉も驚いた。キロス中尉の様な純血種の”ヴェルデ・シエロ”は大統領警護隊でなくても他人が自分の体に触れるのを嫌がるものなのだ。しかし2人の目の前でキロス中尉はにこやかに笑みを浮かべてパン屋を抱きしめていた。

「久しぶりだなぁ、ファビオ! この前会ったのはいつだっけ?」
「半年前だ。今日の目玉商品はなんだい?」
「ココナッツパイだ。グアバジュースもあるぞ!」

 幼馴染と言うものを持った経験がないテオは羨ましく感じた。パン屋のホアンはどう見てもメスティーソかムラトだが、キロス中尉は心を許しているのだ。
 中尉はテオとデネロスを仕事仲間だと紹介した。実際そうなのだが、ホアンはデネロスを見て意味深に微笑んだ。

「この前会った時、気になる女性少尉がいるって言ってたが、それがこの娘かい?」

 デネロスが真っ赤になった。キロス中尉は「彼女に失礼だろ」と言いながら、彼も赤くなった。テオは半年以上も前から彼がデネロスに目をつけていたのか、と驚いた。油断も隙もありゃしない。確かにマハルダは可愛いし、今まで彼氏がいない方が不思議だったが。
 兎に角そこで一行は朝食を済ませることにした。銘々好きなパンを買ってジュースで喉を潤した。ところで、とキロス中尉がホアンに言った。

「グラダ大学迄、こちらのアルスト博士を乗せてあげて欲しいんだが?」
「グラダ大学? ちょっとコースを外れるなぁ。」

 ホアンが一瞬躊躇った。するとデネロスが別の提案をした。

「カヌマ通りまで行けます?」
「ああ、あそこは行くよ。市場に商品を卸しに来る農家さん達がパンを買ってくれるからね。」
「じゃ、カヌマ通りまでアルスト博士と私を乗せて行ってもらえます?」

 キロス中尉は計算に入っていないのか? テオが思わずキロス中尉を見ると、彼は特に気にしていない様子で、デネロスに尋ねた。

「市場に知り合いでもいるのか?」
「次兄があの近所に住んでいるんです。」

とデネロスが笑顔で答えた。

「実家が卸す野菜を兄が市場で売っているんですよ。だから、シャワーを借りて車も借ります。私がテオを大学迄送りますよ。」

 キロス中尉が何か言う前にホアンが、「O K」と言った。

「彼女と博士は前に乗ってよ。ファビオは後ろにぶら下がってくれよな。」

 テオはキロス中尉があっさり「わかった」と答えたので、ちょっと驚いた。 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     21

  アンドレ・ギャラガ少尉がケツァル少佐からの電話に出たのは、市民病院に到着して患者が院内に運び込まれた直後だった。 「ギャラガです。」 ーーケツァルです。今、どこですか? 「市民病院の救急搬入口です。患者は無事に病院内に入りました。」  すると少佐はそんなことはどうでも良いと言...