食事を終えたケツァル少佐は、若い掃除夫は元気ですか、と尋ねた。テオは彼女と一緒に食器を返却口に運びながら、周囲を見回した。勿論昼食時間真っ最中のカフェに掃除夫がいる筈がない。
「昨日も今日も見かけていないなぁ。」
ちょっと不安になった。父親の逮捕であの若者の身に好ましくないことが起きたのかも知れない。職場を解雇されたとか、故郷へ戻ったとか、想像したくないが”砂の民”に何かされたとか。
少佐と別れてから、テオは事務局へ行って、掃除夫のことを尋ねてみた。しかし大学は清掃会社と契約しているのであって、掃除夫個人の勤務状況も氏名も把握していなかった。清掃会社の連絡先を教えてもらい、テオはそこへ電話してみた。昼休みなので誰も電話に出なかった。
仕方なく、心の中に気になるものを抱えながら、その日の仕事を夕刻までこなして、それからもう一度清掃会社にかけてみた。掃除夫は夜間に仕事をする場合もあるのだ。
電話口に出た男性は、ホルヘ・テナンが大学で何か問題でも起こしたのかと心配した。だからテオは嘘を言うしかなかった。
「彼が俺の落とし物を拾ってくれたんで、礼を言いたかったんです。でも今日は見かけなかった。」
すると電話口の男性が彼に尋ねた。
ーーすると貴方はお医者さんですか?
「は?」
ーーテナンは大学病院が担当なんですが・・・
「そうなんですか? 俺は自然科学学舎で彼と出会いました。」
ーーああ・・・また勝手に持ち場を交換しやがったな・・・
と男性が舌打ちするのが聞こえた。
ーー若い連中は遊びに行く都合で勝手に持ち場を交換するのでね、こっちは何か問題が起きた時に誰が担当か調べなきゃいけないんですよ。
「すると、ホルヘは、今日普通に仕事に出ているんですね? 大学病院の方に?」
ーーその筈です。タイムカードを押しているからね。
テオはひとまず安堵した。ホルヘ・テナンはテオに会う為に会社に無断で学舎担当の掃除夫と勤務場所を1日だけ交換したのだろう。会社にバレてしまって悪いことをした。きっと本人は勤務場所交換も記憶から消されているだろうに、上司から叱られてしまう。
「俺は落とし物が戻って感謝しています。どうか彼を叱らないでやって欲しい。それから普段の掃除夫もしっかり働いてくれていますから。」
フォローになったかどうかわからないが、テオは誤魔化して電話を切った。
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