2024/02/15

第10部  粛清       2

 「ああ・・・面白かった!」

とケツァル少佐が呟いた。テオは彼女を振り返った。少佐は口元に微かに笑みを浮かべながら、最後の料理に取り掛かっていた。テオは彼女に同意した。

「シショカの奴、ビビってたな。」

 少佐が視線を彼に向けた。

「貴方にもわかりましたか?」
「スィ。教授は縄張りを荒らされるのを警戒して威嚇しに現れたんだろ?」
「スィ。政治家秘書が場違いな場所に来たからです。あの男が相手にするのは、イグレシアス大臣の政敵です。恐らく、大臣が推し進めようとしている北部のダム建設に反対する建築工学の教授を説得に来たのでしょう。私は建築に詳しくありませんが、新聞やネット記事によれば、大学は大臣が採用しようとしている建築方法が自然破壊と災害を齎しかねないと、反対しているのです。でも自然科学の分野からは何も意見が出ていません。」
「ダム建設って?」
「ほら、以前コンドルの神様の目が盗まれたラス・ラグナス遺跡や移転したサン・ホアン村がある地域です。」
「砂漠で地下水脈が変化して地上の水源が枯渇しかけている所だったな? ダムなんて造って意味があるのかい?」
「イグレシアスは水を貯めるのではなく、土砂の流出を防ぐ砂防ダムを大規模に造ろうとしているのだそうです。もしいきなり大雨が降って、土石流が下流の集落を襲うと大災害になるだろう、と。」
「うーん・・・」

 テオは腕組みした。

「国民を守る気持ちは誉めてやるよ。だけど、あの位置に砂防ダムを造ったって、一番近い集落までどれだけ距離があると思ってるんだ?」
「イグレシアスは建設会社に仕事を与えたいのです。大統領の失業対策にも繋がりますから。」
「その政策にロカ・エテルナ社は関係しているのか?」

 ロカ・エテルナ社は、ムリリョ博士の息子や娘達が経営しているセルバ共和国最大手の建築会社だ。公共施設などのビルを得意としている筈だった。少佐が首を傾げた。

「私は知りませんが、アブラーン(ムリリョ博士の長男)はダムに興味を持っていないと思います。」

 利権争いなどは、テオもケツァル少佐も預かり知らぬことだ。だがアブラーン・シメネス・デ・ムリリョの義理の弟であるケサダ教授が大臣秘書のシショカに敵意を示したのは、ちょっと気になった。単純に縄張りを守っただけとは思うが。
 すると少佐はテオが気付けなかったことを教えてくれた。

「教授はこのカフェで寛いでいるメスティーソの学生達を気にかけていましたよ。一族の血を引く学生も何人かいますからね、シショカが嫌うミックス達です。シショカの注意をご自分に向けて学生達から秘書の気を逸らしていました。」
「そうか・・・子供を守る親の役目をしたんだな。」

 少しだけテオは安心した。

「だが、行き先を間違えるなんて、シショカらしくないんじゃないか?」

と指摘すると、少佐は鼻先で笑った。

「若いミックスが大勢いるので、覗きに来たのでしょう。強い力を持つ人間の驕りですよ。」

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