2024/02/21

第10部  粛清       7

 「見ない顔だな。」

と一族の言葉で話しかけられ、エクはぎくりとして立ち止まってしまった。夕刻の繁華街だった。逃がしてしまった標的が走り去った方向で獲物を探していたのだ。宛てはないが、田舎者が立ち寄りそうな場所は見当がついた。お洒落なレストランやバルには行くまい。しかし裏町にも行かないだろう。裏町には、その土地の”ティエラ”のグループが縄張りを持っている。見かけない田舎者が迷い込んだら、すぐにカモにされる。標的は只の”ティエラ”だ。身を守る術もないだろう。考えてからエクは思い直した。田舎者だから、都会の裏町の掟を知らずに入り込む可能性もあるじゃないか。身を隠すのに都合が良いとか、田舎の知り合いで早くに都会に出た人間を頼って行くとか。
 そう考えて方向を変えて歩き出して直ぐだった。
 声をかけた人間が背後に近づいて来た。気配を殆ど感じ取れないが、同族だ。ブーカ族やサスコシ族の様にこれみよがしに気を微量に発散させて存在を主張したりしない。エクは囁いた。

「マスケゴか?」
「否定しない。」

と相手は言った。エクは振り返ろうかと思ったが、止めた。相手の顔を見ない方が良い。”砂の民”同士なら尚更だ。彼は言った。

「プンタ・マナから来た。狩りの最中だ。君の領分を侵したのなら、謝る。」
「構わない。」

と相手は言った。

「私はその狩りに参加していない。それに私の領分だと言うなら、この国全体になる。」
「そんな・・・」

 そんな大それた発言をするのは首領ぐらいだろうと言いかけて、エクは口をつぐんだ。
首領の配下と言う縛りを持たない一匹狼の”砂の民”もいるのだ、と先輩から聞いたことがあった。そいつらと出会したら、怒らせないように、礼を尽くせ、と。そうすれば仕事の妨害をされずに済む、と。

「仕事が済んだらすぐに帰る。」
「構わない。」

と一匹狼の”砂の民”は言った。

「だが、ここはママコナのお膝元だ。緑の鳥には気をつけろ。彼等は法律を大事にするからな。ご機嫌よう。」

 そして、エクは相手が遠ざかるのを感じた。
 暑さには慣れているのに、彼は汗びっしょりになっていた。

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