2024/02/07

第10部  追跡       15

  テオの研究室に向かう時もホルヘ・テナンは掃除道具のカートを押していた。途中ですれ違った事務職員がテナンに声をかけた。

「ホルヘ、この時間はパティオの掃除だろう?」

 だからテオがテナンの代わりに答えた。

「俺がちょっと呼んだんだ。すまない、用事が終わったらすぐに行かせるよ。」

 多分、チップが必要になるな、と思った。掃除夫は大学が雇っている訳ではない。契約している清掃会社から派遣されて来るのだ。事務職員に名前を覚えられているなら、先ほどテナンが「5年ほど」と言った言葉は嘘ではないのだろう。
 テオは研究室に入ると、ホルヘをカートごと中へ導いた。そしてドアの外に「実験中」と書いたプレートを下げておいた。これで当分邪魔は入らない。
 彼は執務机の向こうに座り、テナンにも折り畳み椅子に座るよう声を掛けた。あまりこう言うシチュエーションに慣れていないのか、テナンは遠慮しもち腰を降ろした。テオは冷蔵庫を開け、コーラの瓶を取り出した。

「飲むかい?」

 訊くと、テナンは小さく頷いた。テオはグラスコップを2つ出してコーラを注ぎ入れ、一つをテナンに渡した。テナンがゴクゴクと喉の音をたててコーラを飲んだ。緊張して喉が乾いていたのだろう。テオは微笑してもう一杯注いでやった。テナンはそれには口をつけずにテオを見た。

「先生はその・・・骨の鑑定をされたと聞きました。」

 過去形だ。テオは頷いた。なんとなく、テナンの話の行先がわかった。しかし彼は黙っていた。テナンは小さな声で言った。

「その・・・骨の人を殺したのは、多分、僕の親父とその仲間です。」
「骨の人はセルバ野生生物保護協会の職員でイスマエル・コロンと言う人だ。」
「スィ、新聞で読みました。」

 テナンは泣きそうな顔になっていた。

「親父は昔、真面目な農夫だったんです。でもハリケーンで畑が駄目になって、立て直すのに金が要った。だから、森で動物を狩って毛皮とかを売る商売に手を出しました。」
「誘った連中がいたのかな?」
「そうだと思います。狩のことは、親父は家族に言いませんでしたから、詳しいことは知りません。でも良くないことをしているんだと言うことは、お袋も僕も姉貴も薄々感じていました。時々村の仲間と森に出かけていましたから。」
「だけど、君はグラダ・シティで暮らしている。どうして君の親父さんがコロンを殺した一味だと思うんだい?」

 テナンは躊躇った。テオはふと思いついて、鎌をかけてみた。

「もしかすると、親父さんは君のところにやって来た?」

 テナンが体を縮ませた様に見えた。図星だ。父親は都会の息子を頼って身を隠そうとしたのだ。息子は今、すごく困惑している。父親を庇いたい気持ちは偽りがない。しかし、ホルヘは、彼も”ヴェルデ・シエロ”の怒りが恐ろしいのだ。
 テオはさらに尋ねてみた。

「親父さんは、森の中でしたこと、見たことを君に喋ったのかい?」

 テナンの目から涙がこぼれ落ちた。

「親父はジャガーを撃ったんだと言ってました・・・ジャガーが襲い掛かって来たから、撃ったって・・・でも額を撃ち抜いたら、ジャガーは人間になって・・・」

 テナンは震えていた。

「親父は・・・親父と仲間は・・・ジャガーだった人を・・・神を、穴に入れて焼いたんだって・・・他の神に見つからないように焼いたって・・・」

 テオは暫く何も言えなかった。ホルヘ・テナンの父親はオラシオ・サバン殺害の張本人だった。そしてサバンの遺体を事件発覚を恐れて焼いて消し去ろうとした。これは、”砂の民”でなくても、セルバ国内の全ての”ヴェルデ・シエロ”にとって許し難い行為に違いない。


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