大事なことは、今目の前で震えながら泣いているホルヘ・テナンと言う若者を”砂の民”の粛清リストから外すことだ。テオはそう判断した。テナンの父親は罪を犯した。だから、粛清の対象になっても文句を言えない。それは全ての”ヴェルデ・シエロ”がそう判断する筈だ。しかし、ホルヘは違う。何も知らずに都会で掃除夫をしている若者が、父親に罪の告白をされて、それだけで粛清されてしまって良い訳がない。
「本当に人間が・・・いや、ジャガーが人間になったと、君は信じているのかい?」
テオは若者に声をかけた。取り敢えず、ここはしらばっくれて、ホルヘの心を落ち着かせよう。ホルヘ一人なら、父親から聞いた話の内容を記憶から消し去ることなど、”ヴェルデ・シエロ”にとって朝飯前の筈だ。
「親父は・・・そう言いました・・・」
ホルヘは泣きながら言った。
「信じられないでしょけど・・・」
「信じないさ。」
とテオはキッパリと言った。
「誰も君の親父さんの話なんて信じない。ジャガーは神様だが、人間になったりしない。君のお親父さんは、密猟の目撃者を撃ってしまった、それを誤魔化すために、ジャガーが人間に変身したと言ってるんだ。」
ホルヘが顔を上げてテオを見た。
「あんたは白人だから・・・」
「白人でもセルバ人だ。先住民だってメスティーソだって、誰も君の話を信じない。神話の中の神様がこの時代に現れたなんて、誰が信じる?」
「でも、親父の仲間が死んでしまった・・・」
「仲間割れだろ? まともな人間じゃなかったんだ、麻薬のせいもあるだろうさ。」
テオは立ち上がった。
「君の親父さんは君の家にいるのかい?」
「スィ。アパートに隠れています。絶対に外に出るなと言い聞かせています。」
「それじゃ、君は今日の仕事をするんだ。普段通りに振る舞いなさい。誰からも怪しまれないように。俺は大統領警護隊の友人に相談する。」
「えっ!」
「大統領警護隊は神と話が出来るんだろ? だから君は俺に相談に来た筈だ。」
「そうです・・・」
「俺の友人達に、君の親父さんがいる場所を教えて良いかな? 親父さんが奇妙な死に方をする前に・・・」
ホルヘは蒼白になっていた。きっと神の祟りを考えているのだ。
「親父さんが殺人で逮捕されても、君は平気でいられるか? 神の罰を受けた方が良いと思うか?」
「僕にはわかりません・・・」
ホルヘはテオを見つめた。
「でも・・・人間として罪を償って欲しい・・・」
テオは頷いた。
「わかった。友達にそう伝える。だから、君はもう仕事に戻りなさい。」
彼はポケットから財布を出し、紙幣を1枚つかみ出した。
「君の仕事を遅らせたから、チップを渡しておく。誰かに訊かれたら、アルスト先生の部屋の掃除を特別に頼まれた、と言っておくんだ。」
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