サバン家を辞して、テオはコーエン少尉を車に乗せて憲兵隊官舎に向かって走った。コーエン少尉は半日だけの休暇を取っていたのだ。明日になればまた通常の勤務に戻る。
「セルバ野生生物保護協会の財政状況を調査します。」
と彼が呟いた。テオは頷いた。彼も気になったが、大学の遺伝子工学の准教授が首を突っ込める分野ではない。彼が出来ることは・・・
「俺はロバートソン博士にもう一度会ってみよう。」
「まだ本題をぶつけないで下さい。」
と少尉が予防線を張った。
「彼等に憲兵隊が探っていると知られたくありません。」
「わかっている。サバンとコロンのD N A鑑定をした人間として、事件のその後の展開が気になっている、と言う理由で近づいてみるだけさ。彼女が犯人とは限らないし、また完全に無実とも決まった訳でもないから。」
憲兵隊本部には行ったことがあったが、官舎は初めてだった。本部のそばにあるのかと思ったら、車でも5分ばかり離れた場所にあった。隊員達は自転車やバスで通勤していると聞いて、テオは驚いた。
「制服のままで?」
「それが当たり前ですが、何か?」
「あ・・・いや、あまり通勤途中の憲兵を見たことがなかったので・・・」
「各自登庁する時刻は違いますから、点呼の時に揃っていれば問題ないのです。通勤途中に見かけた人は、我々が任務に就いていると思うだけです。」
ふーん、とテオはなんとなく納得した。2人1組で行動する憲兵や警察官が一人で歩いている時は、正規の勤務外と言うことなのだろうか。だが一旦制服を着たら、彼等の心は任務に就いているのだろう。
官舎の前に停車すると、少尉がドアに手を掛けた。テオが尋ねた。
「少尉、君の個人名を聞いても良いかな? 俺はテオドール・アルスト・ゴンザレスだ。」
彼に名乗られて、コーエン少尉も躊躇わずに答えた。
「マルク・コーエンです。」
「ブーカだね?」
「スィ。ですが、少し”ティエラ”の血が混ざっています。」
「だけど、一族の人間だ。」
「スィ。」
コーエン少尉は真面目な顔に少しだけ微笑みを浮かべ、「ブエナス・ノチェス」と言って車から降りた。
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