2024/03/07

第10部  粛清       20

  テオはセルバ野生生物保護協会の資金の流れを調べることをケツァル少佐にまだ言っていなかった。憲兵隊のコーエン少尉との話し合いで協会に密猟者との繋がりがあるかも知れないと疑いを抱くようになった、と言うことは告げていた。少佐は不愉快そうな顔をした。野生生物の保護に関係する省庁は、少佐が働いているオフィスが置かれている文化・教育省だ。もし協会の職員が不正をおこなっているとしたら、省内の人間にも飛び火するかも知れないと考えた訳だ。省内会議の時に関係部署の人間をそれとなく探ってみると、彼女は言ったが、多分相手の目を見て心を読むのだ、とテオは想像した。一瞬で終わってしまう作業だが、セルバ人は古代それを恐れて他人の目をみることを礼儀作法から外れる行為とした。”ヴェルデ・シエロ”が伝説の神様と言われる時代になっても、その習慣は残り、セルバ人は余程気を許した相手にしか目を見ることを許さない。だが、本物の”ヴェルデ・シエロ”は一瞬で相手の思考を読み取ってしまうのだ。
 ケサダ教授がロカ・エテルナ社の財務担当者に電話をかけてくれた。シエスタの時間に市街地のカフェで会いましょう、と相手は言ってくれた。大学と民間企業のシエスタの時間は微妙にズレがあるので、正確な時刻を確認した。セルバ人は時間にルーズだが、大企業の財務課ともなれば、きちっと時間を守る筈だ。そうでなければ大金を動かす事業を行えない。外国企業との取引もあるに違いないのだ。

「相手は”ティエラ”ですから。」

とケサダ教授がそれとなく教えてくれた。現世で最強の”ヴェルデ・シエロ”が断言するのだから、間違いない。テオは彼に感謝して、昼食後に早速出かけた。
 ロカ・エテルナ社はグラダ・シティで一番お高くとまっているオフィス街にある。通りを歩く人々は皆高そうなスーツを着ていたり、アタッシュケースを持っていたりする。そして忙しなく携帯電話で話をしながら歩いている。たまにラフな格好の人もいるが、多分渉外担当ではない人間だろう。データ管理室だとか、システムエンジニアだ、きっと。
 テオは教壇に立つ時は、それなりに整った身なりをすることにしていた。研究の時はラフで構わないが、「先生」と言う立場で授業を行う場合は、多少威厳を持たせないといけない、と先輩教官達に忠告されたからだ。だから、薄手のジャケットとプレスの効いたコットンパンツでなんとかオフィス街の空気に浮かないで済んだ。
 指定されたカフェはすぐ見つかった。オフィス街の住人達が待ち合わせなどに使うのだろう、ちょっと目立った緑色のテント庇を出していて、観葉植物の植木鉢が店前に出されてあった。歩道は公共の場の筈だが、その店は植木鉢の間にテーブルを置いて、路上を占有していた。
 テオが近くまで行くと、その路上席の一つに席を取っていた男性が彼に向かって手招きした。薄ベージュのスーツを着て、黒いサングラスをかけ、短い口髭を生やした色の浅黒い男だった。

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第11部  紅い水晶     19

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