2024/05/04

第11部  紅い水晶     14

  ロカ・エテルナ社を出たケツァル少佐は自分の車に乗り込むと、電話を出して副官のロホにかけた。

ーーマルティネスです。

 ロホが正式名で名乗った。勿論かけて来た相手が誰かはわかっている。少佐は「ミゲールです」とこちらも正式名で応えた。

「まだ詳細は不明ですが、霊的な現象による事案が発生した模様です。これから告げる住所に手が空いている者は全員集合のこと。」

 カサンドラ・シメネスから教えられたディエゴ・トーレス技師の住所を早口で告げた。ロホは正確に聞き取った。復唱して、すぐに行きます、と言った。

ーーオフィス窓口を閉鎖します。
「許可します。では、現地で会いましょう。」

 大統領警護隊文化保護担当部は緊急事案が発生した場合は、事務的業務を臨時休業して全員オフィスの外に出かけてしまう。彼等は軍人で、軍務がその仕事の最優先事案だからだ。文化・教育省は決して彼等の軍務遂行に口出ししてはならない。
 ケツァル少佐は車をロカ・エテルナ社の車庫ビルから出した。トーレス技師は少佐やテオが住んでいる西サン・ペドロ通りから東サン・ペドロ通りへ抜ける南北の坂道の中程、東側に住んでいた。東西サン・ペドロ通りは富裕層が住む地区だから、トーレス技師はロカ・エテルナ社の中では高級取りなのだ。
 トーレス技師の戸建住宅に近づいて、少佐は車を路肩に駐車した。目を閉じて神経を周囲の空気の流れを読み取ることに集中させた。悪霊がいれば何か感じる筈だ。しかし彼女は何も感じ取れなかった。アンヘレス・シメネス・ケサダは感じたのだ。ムリリョ博士も落ち着かなかったのだ。特定の人間にしか感じ取れない気配なのか? それとも悪霊は動く時だけ気配を発して、普段は眠っているのか? 
 ケツァル少佐は大巫女ママコナから何も言ってこないことに気がついた。人間に害を及ぼす悪霊が首都に入ると大巫女様は感じとる。そして汚れがピラミッドに近づくことを嫌う。
 トーレスが拾った「何か」は悪霊ではないのか? あるいは「汚れ」ではないが人間に害を及ぼすものなのか? そんな物があるのか?
 少佐はそこで気がついた。

 ママコナは気がついていた。だから、汚れに最も近いアンヘレスに警告を出したが、アンヘレスはまだ子供だ、大巫女の警告を十分に理解しきれなかったのだ。いや、半分だけのグラダのアンヘレスにはママコナからのメッセージが上手く伝わらなかったのかも知れない。マスケゴ族のムリリョ博士はママコナのメッセージを感じたが、理解出来る力はなかった。彼は男だし、マスケゴだから・・・カサンドラが感じなかったのも同じ理由だ。マスケゴ族ではママコナのメッセージを十分に理解出来ない。今のママコナはグラダではなく、マスケゴより力が弱いカイナ族の女だから・・・。


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第11部  紅い水晶     22

  ケツァル少佐はトーレス邸の詳細な捜査をロホに命じ、自分はグラダ・シティの富裕層の子供達たちが通学する高校へ向かった。アンヘレス・シメネス・ケサダは彼女が校門の前に自家用車を停めた時に自転車を押しながら出て来るところだった。友人たちと喋りながら自転車に跨ろうとしたので、少佐は窓...