カサンドラ・シメネスはケツァル少佐にラス・ラグナス遺跡視察旅行の経緯を”心話”で語った。そして言葉で告げた。
「それっきりディエゴ・トーレスと連絡がつかなくなりました。」
ケツァル少佐は腕組みした。ロカ・エテルナ社の土木設計技師ディエゴ・トーレスが何か悪い物を遺跡近くの山で拾ったことは確実だ、と思った。カサンドラは彼が転んだ時に何かを拾ってポケットに入れたのを見たのだ。しかし彼女は重要と思わなかったので、彼女の記憶の中の「何か」は殆ど認識不可能な形だった。大人の男性の手の中に収まってしまう大きさ。
「石でしょうね。」
と少佐は呟いた。カサンドラも少佐が何について言ったのか、すぐに理解した。
「やはり、彼が山で拾った物が原因と思いますか?」
「他には考えられません。」
少佐は副社長を見た。会社経営には優秀な能力を発揮する女性だが、呪いや祈祷とは無縁な人なのだ、と確信した。ムリリョ博士は己が純血至上主義者で古代からの掟や風習を守る長老会の重鎮にも関わらず、己の子供達を古い因習や呪術からは遠ざけて育てたのだ。家族を現代社会で生き延びさせて栄えさせるために必要だと信じているのだろう。だからカサンドラは一族に伝わる伝承やしきたりは知っているし守っているが、それ以外の悪霊や邪神に関する知識を持っていないのだ。
「貴女はトーレスと一緒に山を歩いている間、何も感じなかったのですか?」
「感じませんでした。2人とも周囲の地形を記録することやダムの影響を考えることで頭がいっぱいでした。だから、トーレスも何かを拾った直後はその影響を受けなかったのかも知れません。」
「ホテルで一人になって気が緩んだところに悪霊がつけ込んだのでしょう。」
カサンドラは電話を出して、もう一度技師の電話にかけてみた。しかし虚しく呼び出しが鳴るだけだった。
「その技師は独り身ですか?」
「スィ。田舎に親兄弟がいると聞いていますが、ここでは一人暮らしです。同居人もいないようですね・・・同居人も何か災難に遭っていることも考えられますが・・・」
少佐が立ち上がった。
「技師の家の住所を教えて頂けますか? これはどうやら大統領警護隊の仕事の様です。」
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