2024/06/28

第11部  石の名は     24

 「サンキフエラの心臓、ですか?」

 ケツァル少佐はその呼び名に驚いた。サンキフエラは蛭で、心臓はない。少なくとも、人間や獣や鳥のような脊椎動物が持つ心臓を持たない。アスマ神官が頷いた。

「奇異に感じるだろうが、そう呼ばれているのだそうだ。これは人の血を吸うだろう?」
「スィ。私の血も吸おうとしました。」

 貴方は平気なのかと訊こうとした彼女に、神官は微笑んで見せた。

「”ツィンル”の血を吸ったりしないから、安心したまえ。」
「”ツィンル”の血は吸わないのですか?」
「契約で吸わないことになっている。」

 神官は石を照明の光にかざして眺め、それから机のハンカチの上に戻した。

「これは大昔、カイナ族が”ティエラ”の求めに応じて作った物で、病を癒す目的を持つ物だ。」
「すると、やはり瀉血ですか?」
「スィ。」

 神官は眼鏡を外して石の横に置いた。

「身体の悪い箇所にこれを当てると、石が悪い気を吸い取ってくれる。但しその際に血も吸うのだ。だから使う際は慎重にしなければならない。昔はカイナ族の祈祷師が所有していて、守護していた地域の住民が誰かが病に罹ると病人を祈祷師の下に連れて行き、石の祈祷で治療してもらっていたのだ。石は血を溜めていき、飽和すると雨を降らせて軽くなる。現代風に言えば、オーバーフローしそうになるとイニシャライズする訳だ。」

 石が血を吸うことも、それで人間の病気が治ることも、石が雨を降らせて溜めた血を無しにしてしまうのも、常識的に考えれば信じられないことだ。しかし”ヴェルデ・シエロ”は彼ら自身の存在そのものが常識とは外れているので、ケツァル少佐はアスマ神官の説明を素直に受け入れた。

「すると・・・この石を砂漠で見つけた男性が死にそうになる迄血を吸われたのは・・・」
「その男は自身で気付かぬ大病を患っていたのだ。恐らく癌でも抱えていたのだろう。石は単純に彼の病を吸い取ったが、同時に働きに見合う量の血液も奪った。本来は祈祷を数回に分けて行うべき病だった筈だ。」
「私の友人の”ティエラ”もこの石を手に載せて、少し血を吸われました。彼は石を手に載せている間は気持ちが良かったと言っていました。 彼も病気だったのですか?」
「どんな病気だったのか不明であるが、恐らく石の治療を必要としない程度の軽いものだったのだ。疲労が溜まっていた、そんな類だろう。」

 アスマ神官の言葉に、ケツァル少佐は安堵した。

「そんな凄い力を持つこの石が、どうして砂漠に落ちていたのでしょう?」
「大昔に失われた物だったのだ。カイナ族が”ヴェルデ・シエロ”であることを知られないように身を隠す必要が生じた時代に、”ティエラ”達が祈祷師の魔術を手に入れようと反乱を起こした。カイナ族は平和的な部族だ。彼等は争いを避け、逃げる時に宝物を隠したり、捨て去った。石はその時に砂漠に落とされたのだろう。我等がカイナの兄弟は、この時代になってサンキフエラの心臓が現れたと聞いて驚いていた。」
「”名を秘めた女性”はこれの出現をご存知だったのですね?」
「彼女はカイナの女だからな、感じることがあったのだろう。」

 アスマ神官は石を見た。

「ピラミッドに納めよう。今の時代に必要があるとは思えない。」


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第11部  石の名は     25

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