古代大神官を務めていたグラダ族が絶滅して以降、セルバの”ヴェルデ・シエロ”達は大神官を持たなかった。残った6部族の中から選出された神官達が合議で祭祀を執り行ってきたのだ。
アスマ神官はサスコシ族の出で、現在のところ神官達の議長的存在だ。ピラミッドの地下にある神殿で若い頃から働いていて、あまり世間のことはご存じでない・・・と言うのが、在野の”ヴェルデ・シエロ”達の認識だ。これは別に軽蔑しているのではなく、俗な問題から遠い人だと言うことだ。前任者の急死でそこそこ歳を取ってから神官になった人よりピュアな心の人とも言えた。
地下神殿は長い階段を降りて行った先にあった。古代手掘りで造られた岩の神殿だ。迷路の様になっており、一般の”ヴェルデ・シエロ”は祈りの部屋しか入ることを許されない。
ケツァル少佐が祈りの部屋の大扉の前に行くと、見番の兵士が既に連絡を受けていたのか、「こちらへ」と彼女を別室へ導いた。
少佐はママコナに仕える侍女達の働く中を通り、曲がりくねった通路を通り、やがて薄暗い照明が灯った小部屋へ案内された。
アスマ神官に面会するのは初めてだった。一般人は会えない人だ。仮面でも被っているのかと思ったが、普通に素顔を晒していたし、驚いたことに眼鏡をかけていた。
案内の兵士が彼女を置いて部屋から出て行った。分厚いドアが閉じられた。
神官は執務机の向こうで立ち上がった。挨拶を交わしてから、彼の方から声をかけて来た。
「仰々しいやり方の様に思えるだろうが、これが私とみんなが会う普通の方法なのでね、面倒臭いだろうが堪えて欲しい。」
アスマ神官は40歳前後と思われた。眼鏡を取れば、顔色が悪いケサダ教授と言っても良い程度に、フィデル・ケサダに似ていた。勿論、彼等は親戚ではない。
「問題の石を見せて頂けるか?」
少佐はハンカチに包んだまま石を机の上におき、布を開いた。石は透明でキラキラと薄暗い照明の光を反射して光った。
「これは何かとの問合せであったか?」
「スィ。人間の血を吸い、赤くなりました。今は透明に戻っています。」
するとアスマ神官は尋ねた。
「この石が赤い時に雨は降らなかったか?」
ケツァル少佐は驚いた。
「降りました。局所的なスコールでしたが・・・」
「この石の仕業だろう。」
神官は石を己の掌の上に載せた。少佐は「気をつけて」と言いたかったが、彼は承知の上で行っているのだと思い、口を閉じたままだった。神官は石をじっくり眺めた。
「これはカイナの兄弟から聞いたことがある、サンキフエラの心臓だ。」
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