2024/06/09

第11部  石の名は     9

 「生贄?」

 テオは眉を顰めた。しかしロホには予想がついていたのか、表情を変えなかった。

「貴方の部族の習慣ではなかった、言い伝えを聞いたことがある、と言うことだな、中尉?」
「スィ。それも昔話として、村の年寄りから聞いた程度です。水が少ない土地で雨乞いに生贄を捧げていた、と。」

 ガルソン中尉はちょっと視線を空に向けた。ビルとビルの谷間の広場の様な空間だ。雨さえ降らなければ、車両整備工場はこの広場いっぱいに車両や部品を広げて作業する。スコールが発生しやすい夕刻迄にその手の作業をやってしまって、後はガレージに車を入れて最後の仕上げをするのだ。そしてその日ガルソン中尉が持ち込んだジープが広場の真ん中に鎮座していた。テオが見たところ、ヘッドライトが片方取り外されているだけで、他に故障はなさそうだった。ランプ切れなのだろう。大統領警護隊は簡単な整備もこの工場に依頼しているのだろうか。
 晴れ渡った空から、ガルソン中尉は視線をロホに戻した。

「オエステ・ブーカの現族長セフェリノ・サラテの連絡先を教えましょうか?」
「セフェリノ・サラテ?」

 テオはどこかで聞いた名だ、と思った。するとロホが言った。

「面識がある。ドクトル・アルストと一緒に会いに行ったことがある。」

 彼は自分の携帯を出して、記録を検索し始めた。テオも考えた。そして、どこでその名の人物と会ったのか思い出した。

「『七柱のテロ』事件の時に、ロホにお祓いを依頼して来た人だな?」

 ロホが指で画面を繰りながら頷いた。

「村の川が殺人事件で汚されて、お祓いを頼まれました。」

 怪訝な表情のガルソン中尉にテオは彼の記憶を呼び覚ます説明をした。

「ほら、貴方がパエス少尉を爆弾捜索の助っ人として本部に紹介してくれた、あの事件ですよ。」
「ああ・・・」

 ガルソン中尉はテロ事件を思い出したが、それが故郷の族長とどう繋がるのか、理解出来ないらしい。ロホは検索に飽きたのか、手を停めて、中尉を見た。目を見て”心話”で事情を伝えた。ガルソンが「なるほど」と頷いた。

「セフェリノ・サラテは私の叔父の一人です。言い伝えの詳細は知らないと思いますが、村の古老を知っていますから、紹介してくれると思います。既にサラテとお会いになっているのですから、私の紹介は必要ありませんな。連絡先だけ教えます。」

 ロホは自分の携帯をガルソンの方に差し出した。

「申し訳ない、サラテの番号を見つけ出せない。それから中尉、貴方の番号も教えて頂きたい。これからも西のことで相談したいことがあれば、助けて欲しい。」

 年下の上官から頼まれて、ガルソン中尉は穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

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