アンドレ・ギャラガ少尉はアンヘレス・シメネスと向かい合った。通常なら一族の未婚男女は保護者または目上の者の紹介がなければ言葉を交わすことは許されない。マナー違反だと批判される。しかし、ギャラガはほんの少し前、アンヘレス・シメネスの祖父ファルゴ・デ・ムリリョ博士から無言の許可をもらった。
「私に御用とは?」
とギャラガから先に話しかけた。アンヘレスは少し視線を空に向けてから、彼に向き直った。
「貴方はグラダ族ですね? 大人達から聞きました。」
「スィ、さまざまな人種や部族の血が混ざっていますが、ナワルが銀色のジャガーだったので、黒いジャガーの一人として数えられ、グラダだと認定されました。」
「他の部族の方とグラダの違いは自覚されていますか?」
ギャラガは首を傾げた。
「正直なところ、私には違いがまだわかりません。ほんの2、3年前まで私は”心話”すら出来なかった落ちこぼれでした。文化保護担当部に引き抜かれて、ケツァル少佐に教え導かれて、やっと一族の力を普通に使えるようになったばかりです。」
語りながら、彼はアンヘレスが半分グラダだと上官から聞かされたことを思い出した。本人がそれを知っているのかどうか、まだ不明だ。だから彼は慎重に言葉を選ばなければならなかった。
「時々能力を使うと、他の隊員や上官から『流石にグラダだ』と言われることがあります。同じことをしても他の人より力が強いからです。ですが、私は伝説の大神官のような巫女の声を聞き取ったり、未来を予知することは出来ません。ミックスなので、”名を秘めた女の人”の声は聞けないのです。」
アンヘレスがフッと溜め息をついた。
「私の父が何者かご存知ですか?」
ギャラガはドキリとした。アンヘレスの父親フィデル・ケサダ教授の出生の秘密は絶対に口外してはならぬものだ。そして他人の口から子供達に伝えることではない。
「マスケゴの考古学教授です。」
と無難な答えをすると、アンヘレスが鼻先で笑った。
「誤魔化さなくても結構よ。大人達は私が何も知らないと思っていますが、私は父の秘密を知っています。だって、祖母が教えてくれましたもの。」
あちゃーっとギャラガは心の中で目を覆たくなった。ケサダ教授の母親マルシオ・ケサダ、本名マレシュ・ケツァルは半分夢の中で生きている高齢者だ。無意識に孫に息子の秘密を語ってしまった可能性があった。
「ご存知なら、私も率直に言います。」
とギャラガは腹を括った。
「お父様の秘密は絶対に口外してはいけません。貴女と貴女の弟妹の安全にも関わる重大な問題です。そしてお祖母様の周囲に幼い人を不用意に近づけてはいけません。理由はわかりますね?」
アンヘレスは硬い表情の彼を見つめ、やがてしっかりと頷いた。
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