アンヘレス・シメネスと別れた後、アンドレ・ギャラガ少尉は考古学部のケサダ教授の研究室へ急いだ。スクーリングの授業が終わったら、職場へ戻らなければならないが、ケツァル少佐から教授への伝言を預かっていた。任務の一つだから、怠る訳にいかない。ケサダ教授は彼の主任担当教官ではないが、いくつか授業を履修しているので、ギャラガが教授に会いに行っても誰も不思議だとは思わない。
ドアが視野に入ると、ギャラガは故意に小さく気を放って、己の訪問を教授に知らせた。普段そんなことをしないので、教授は奇異に感じて会ってくれるだろう。
果たして、彼がドアの前に来ると、先にドアが開いてケサダ教授が出て来た。
「こんにちは」
と挨拶して、ギャラガは相手の目を見た。目下の者から”心話”を要求するのは失礼だが、彼は時間をかけたくなかった。他の学生や職員に、ただ2人はすれ違っただけ、と思わせたかった。教授はちょっと驚いた様子だったが、すぐに彼の”心話”を受け入れた。
ーー神殿が、グラダを先祖に持つ5歳未満の男児を探し始めました。大神官を養育するつもりの様です。
伝えるのはそれだけだ。教授は黙って頷いた。ギャラガの情報を理解したと言う合図だ。ギャラガは立ち止まらずに部屋の前を通り過ぎた。ドアの隙間から数人の学生が教授の研究室内にいるのが、チラリと見えた。
ケサダ教授がわざとらしくギャラガに声をかけた。
「アンドレ、ムリリョ博士は部屋へお戻りか?」
ギャラガは礼儀として立ち止まって振り返った。
「戻られたと思います。私は少し人と話をしていたので・・・」
また目が合った。教授の”声”が聞こえた。
ーー夜間自宅に結界を張る。訪問する時は前もって連絡しなさい。
グラダ族の結界は強力だ。普通の人間には効力がないが、 ”ヴェルデ・シエロ”同士には有効な壁となる。無理に破ろうとすれば脳をやられる。
ギャラガは軽く黙礼して、その場を立ち去った。
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