ムリリョ博士が去ると、室内に張り詰めていた緊張感が一気に緩んだ。凶悪な犯罪組織と戦う時でさえ余裕の大統領警護隊でも、一人の年老いた大先輩は苦手なのだ。テオはアスルがドサリと音を立ててソファに腰を落とし、ギャラガが床に座り込むのを見た。ロホさえ脱力してソファにもたれかかった。
「大神官代理は呪いで癌になったのか?」
とアスルがロホに尋ねた。 ロホはそれまで内緒にしていた事情を知られて、ちょっとバツが悪そうな顔をした。
「本当は癌ではなく、細胞を痛めつけられているんだ。爆裂波を受けたからさ。だが誰にも手の施しようがない。ロアン様は、神官の誰がカエンシット達の仲間が掴み切れていなかったから、指導師を呼ぶことが出来ず、やむなく神殿を出て白人の医療に頼るしかなかったのだ。その前に、アスマ神官がケツァル少佐から預かったサンキフエラの石を試して治すふりをした。あの石は”ティエラ”のために作られたから、ツィンルには効かない。それをカイナ族のエロワ神官は知っていて、ロアン様には黙っていた。石に効力がないのかも知れない、と疑ったふりをしたエロワ神官が大統領府の厨房を人体実験をやらかして大騒ぎになった。ツィンルには効果がない石だと判明したので、ロアン様は諦めて、ビダル・バスコ少尉の母親の診療所へ行かれた。バスコ医師は指導師ではないから、治せないが、呪いだと見破った。彼女はロアン様に神殿を出て神官達から遠くへ行くよう進言し、大学附属病院に彼を入院させた。病名を癌と偽ってね。
私がロアン様から頂いた情報は以上だ。神官が犯した犯罪だから、下手すると君達に害が及ぶかも知れないと思い、少佐が戻られるのを待ってから報告するつもりだった。」
テオは苦笑した。
「そんな気遣いは無用だ、と言いたいが、守ってくれて礼を言うよ。俺達は神官がどの程度の範囲で権力を使えるのか、わからないからな。」
「長老会が毒されていないことは幸いだったな。」
とアスルが呟いた。
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