2025/04/02

第11部  神殿        7

  ママコナは前に向き直った。足は速度を変えずに壁伝いに歩いて行く。

「私はカイナ族の生まれですから、ジャガーにはなれません。でもナワルは使える力の大きさを表すだけで、本質は一族全員が同じなのです。」
「そうでしょうね。」
「ですから、私も他のカイナ、グワマナも、ジャガーなのです。」
「俺もそう思います。」
「異人種の血が入った人々を一部の頭の固い人達は”ツィンル”と認めませんが、ナワルを誓える限り、彼等は”ツィンル”です。」
「でも、貴女の声を聞けないのでしょう?」
「人の姿の時はね・・・」

 ママコナは意外なことを言った。

「ナワルでジャガーになっている時は、彼等も私と会話出来るのですよ。でもジャガーの言葉なので、人に戻ると記憶していても言葉に出来ないのです。だから、彼等は沈黙してしまいます。それで誤解されているのです。」

 テオは歩きながら唖然とした。するとカルロ。ステファン大尉もマハルダ・デネロス少尉も変身している時はママコナの声を聞いて理解しているのだ。ただ思い出すのが難しい。人の言葉でないから・・・。
 ママコナが彼に背を向けたまま、大きな溜め息をついた。

「今回の騒動を起こした神官達は、私と話をしようとしませんでした。私が男性と話をしたがらないと言って、私が話しかけても耳を傾けてくれなかったのです。恐らくオセロットの声を聞きたくないと言うジャガーの慢心でしょう。私は大神官代理に警告を送ったのですが、彼は私の言葉を軽く考えていました。叛乱など起こる筈がないと思ったのです。叛乱神官達の呪いを受けた彼は私に初めて助けを求めて来ました。私はこう答えるしかありませんでした。『友達が来るのを待ちなさい』と。」

 彼女が立ち止まったので、テオも立ち止まった。ママコナが体ごと振り返った。

「友達とは、貴方と大統領警護隊文化保護担当部の人達です。」


2025/03/28

第11部  神殿        6

  大広間を壁伝いに移動するのは時間がかかった。テオはママコナを追い越してはいけなかったし、近づき過ぎてもいけなかった。歩幅を狭くして歩くのは、疲れるものだ。
 テオは次から次へと頭に浮かぶ疑問、彼女に訊いてみたいことを、整理がつかぬままに質問にしてみた。

「俺は友人達から貴女が男の人を好きでないと聞かされていましたが、今、貴女は俺と普通に話をされていますね。怖くないですか? 俺は初対面の異人種ですよ?」

 ママコナが振り返った。足は止めない。

「貴方から敵意を感じません。それに貴方は一族の味方だと聞いております。以前、ここに白人の女性が来たことがあります。彼女も”通路”を通って来ました。女官や近衛兵が大騒ぎしましたが、&%$%%(テオには聞き取れなかった)が、彼女は私達の友達だと言いました。貴方は彼女の兄弟でしょう?」

 テオは、彼女がアリアナ・オズボーンのことを言っているのだとわかった。オルガ・グランデの地下洞窟から、彼女はロホに導かれて脱出したのだが、出口がこの地下神殿だったので、大騒ぎになった、と後にムリリョ博士が苦言を呈していたのだ。博士は「白人が神殿を汚した」と言っていたが、目の前にいるママコナはそんな考えを持っているのだろうか。

「俺は白人です。神殿を汚したことになりませんか?」
「それは頭が硬い年寄りの考えです。」

とママコナがあっさりと言ってのけた。

「穢れなら、同胞を爆裂波で傷つける人間の方がずっと汚れているでしょう?」
「仰せの通り・・・」

 ケツァル少佐や高齢の”ヴェルデ・シエロ”はママコナを世間知らずの箱入り娘の様に表現している。しかし、彼女は実際は聡明で機転が効いて、物知りなのではないか、とテオは見識を抱いた。そして心が広い。
 そしてもう一つ、ある謎が解けた。それは彼女が時々口にする”ヴェルデ・シエロ”の”真の名”をテオが聞き取れない理由だ。 ”ヴェルデ・シエロ”の真の名前は人間の言葉の「音」ではないのだ! 

 この人は、ジャガーの声で同胞の名前を呼んでいる・・・


2025/03/25

第11部  神殿        5

  テオとママコナはいきなり広い空間に出た。石に囲まれた大広間だ。中央に高い祭壇らしきものがあり、それ自体が頂点が平なピラミッドの様だ。壁には彫刻が施され、火が灯されている。テオは微かな空気の流れを頬に感じた。気流があるから、火を焚いても酸欠状態にならないのだ、とぼんやり思った。

「ここは祈りの間です。」

とママコナが説明した。

「暴風などの大きな災害が迫った時、ここで私と能力の強い者達が国土の安全を祈ります。」

 テオは以前ハリケーンが接近した時のことを思い出した。大統領警護隊の友人達は一晩中祈っていた。彼等は服を脱いでいた。
 テオはそっと訊いてみた。

「祈る時はナワルを使うのですか?」

 ママコナが彼を振り返った。

「見たことがあるのですか?」

 質問に質問で返したが、テオの質問に「スィ」と答えたも同じだった。テオは首を振った。

「ノ、しかし、以前ハリケーンが来た時、友人達が夜を徹して祈っていました。彼等は服を脱いでいましたので・・・」

 ママコナがクスッと笑った。

「変身しなければならないと言うのではないのです。祈りに夢中になって興奮状態になる人が変身してしまう、それが私達の体の厄介な問題です。」

 ママコナの口からナワルを「厄介な問題」と表現されて、テオはびっくりした。

「興奮が頂点に達すると、貴女の一族は変身してしまうのですか?」
「その様です。」

 ママコナは高い天井を見上げた。テオも見上げると、そこに竜の様な不思議な動物の彫刻があった。天井いっぱいに刻まれている。

「あれは私達の最高神です。」

とママコナは言った。

「名を呼ぶことを許されていません。私達は変身して神に呼びかけるのです、国を守り給え、と。」

 それから彼女は視線を壁の対面へ移した。

「これから、向こうに見えている通路へ行きますが、貴方は一族の者ではないので、この広間を横切ることは出来ません。時間がかかりますが、壁伝いに歩きますよ。」


2025/03/21

第11部  神殿        4

  テオはママコナに出会ったら質問したいことがいっぱいあった。しかし、今、実際に彼女を目の前にすると、そんな多くの疑問が真っ白になって、何も言葉が思いつかなかった。彼は黙って彼女の後ろについて階段を下って行った。
 時々ママコナは立ち止まり、1分ほどじっとしていることがあった。そんな時の彼女はボウッと白く輝いて見えた。何かしているのだ、とテオは思った。テレパシーで誰かと話しているのか、それとも彼女から何かを発して様子を探っているのか。
 不意にテオは一つ疑問が浮かんで、尋ねた。

「ケツァル少佐は、貴女にとって俺達の名前は意味をなさず、俺が少佐の名前を言っても貴女にはわからない、と言う意味のことを以前に言いましたが・・・」

 ママコナが立ち止まって振り返った。

「もし、私が少佐に出会ったことがなくて、貴方から彼女の名前を聞いても、私には誰だかわからないでしょう。でも私はシータ・ケツァルと会ったことがあるのです。ですから、現世の名前と彼女の”真の名”が結びつきます。」

 彼女は微笑んだ。

「私と普段接している女官や神官、近衛兵も同じです。大統領警護隊の指揮官に任命された人々は皆さん私に挨拶に来られますから、私は存じ上げております。今は貴方もその一人です。」

 そしてちょっと寂しげな表情になった。

「私はインターネットを使いますので、世間で私のことをどの様に言っているかも存じています。私は架空の人物であったり、ただの宗教上のお飾りであったり、正直なところ私にとって良い印象ではない言葉で表現されています。でも、私は選ばれた以上、私の役目を最後までやり遂げる覚悟で生きています。」
「貴女の役目?」
「セルバの民を守り、幸福に生きられるよう祈ることです。」
「貴女自身の幸せは?」

 言ってはいけない質問だ、と思ったが、テオは訊いてしまった。ママコナはニッコリ笑った。

「自己満足ですが、人民が私に感謝する声を聞くことです。 私自身は何もしなくても、彼等の心の支えになっている、それだけで十分です。」

 それは、貴女が本当の世界を知らないからだろう、とテオは思ったが、黙っていた。
 ママコナが前へ向き直った。

「もう少し下ります。疲れたら仰ってください。」


2025/03/19

第11部  神殿        3

 テオは少し混乱していた。あまりにも、あまりにも、ママコナが普通の女性だったからだ。女神様の様な輝く女性を想像していた彼は、前を静かに歩いて行く女性の後ろを用心深くついて行った。通路は薄暗く、冷たい石に囲まれており、下り階段になった。急勾配ではないが、大きく螺旋状で長い階段だ。

「地下へ行くのですか?」

と尋ねると、彼女は振り返らずに頷いた。

「地下へ向かっていますが、今は地上にいます。」
「え?」
「ここはピラミッドの中です。」

あ、と思った。ママコナはピラミッドの上部でお祈りでもしていたのだろうか。

「貴女がスペイン語を話せるとは思っていませんでした。」

 素直に感想を口にすると、彼女がちょっと笑い声を立てた。

「一族の人々もみんなそう思っています。私が声を発しないと信じている人も多いのですよ。」

 彼女は足を止めて振り返った。テオも立ち止まった。2人の間は10段ばかり離れていた。あまり近づくと、上にいるテオが失礼を働いている様な気がしたので、彼は離れていたのだ。

「一族が私に抱いている妄想は承知しています。汚れなく、世俗のことに関心を持たず、ひたすら一族とセルバの国の平和と幸福を祈って生きている・・・と。」
「でも、貴女は普通の人なのですね?」
「勿論です。」

 ママコナは微笑んだ。

「偉大なのは、このピラミッドを建設したご先祖様です。」

 彼女は両腕を大きく回して見せた。

「このピラミッドの最上階にあるお部屋で私は世界中の一族の動向を見ることが出来ます。心に話しかけることも出来ます。でも、部屋から1歩でも出ると、もうただの女です。」

 彼女は悪戯っぽく笑った。

「私は個室にパソコンを持っています。外には出られませんが、インターネットでいろいろな情報を得ていますし、言葉も勉強しました。英語やフランス語、中国語を読めますよ。芸能情報も政治や自然災害のニュースも知っています。外に出られなくても、毎日階段を昇り降りしているので、運動にもなります。最上階の部屋で日光浴もしています。」

 テオはポカンとして彼女を見つめた。 ”名を秘めた女の人”のそんな素顔を知っているのは、どれだけいるのだろう。それとも、もしかしてこれは、「平行世界」で、俺は間違えて違う次元に来てしまったのだろうか?
 するとママコナが彼を現実に引き戻した。

「私に今の生活を与えたのは一部の女官です。ですから、貴方に出会ったことを私は誰にも言いませんし、貴方も言わないでください。女官達が長老会や”砂の民”から罰せられます。」
「誓って、誰にも言いません。」
「では・・・」

 彼女はくるりと前に向き直った。

「急いで下に降りましょう。貴方が仰った神官の問題を解決しなければ。」

 

2025/03/17

第11部  神殿        2

「ええっと・・・どこから話しましょうか・・・」

 テオは考えた。目の前の女性が何者なのかわからないが、敵ではないだろうと言う意識はあった。それで、自己紹介から始めた。

「俺はテオドール・アルスト・ゴンザレスと言います。 グラダ大学で教員として働いています。俺のパートナーは大統領警護隊のシータ・ケツァル・ミゲール少佐です。」

 女性は黙って彼の顔を見ていたが、怒っている様でも警戒している様でもなかった。穏やかに静かに彼を見ていた。テオは続けた。

「神殿の神官の中に問題を起こした人がいて、少佐は神殿近衛兵の女性達と神殿に出かけました。俺は自宅で留守番をしていましたが、大学の同僚のフィデル・ケサダ教授と話をして、少佐が把握している問題を起こした神官に仲間がいることがわかったので、彼女に教えたいと思いました。教授が彼の家に帰るために”入り口”に入りかけたので、神殿への連絡方法を聞こうと駆け寄ったら、いきなりここへ来てしまいました。」

 笑い声が起きて、テオはびっくりした。目の前の女性が可笑そうに声を出して笑っていた。

「まぁ、閉じる”入り口”に吸い込まれてしまったのですね! そして先導者なしのままに、最後に思った場所へ跳んでしまったのです。白人の身で、大したものです!」

 そう言うことか・・・テオは昔カルロ・ステファン大尉が北部のラス・ラグナス遺跡で”入り口”にうっかり手を突っ込んで吸い込まれた事故を思い出した。

「白人の俺が跳んでしまうなんて、想像もしませんでした。」
「タイミングが良かったのでしょう。少しでもズレていたら、貴方は永久に暗闇の中を彷徨い続けるところでした。」

 そう言われて、ゾッとした。出来れば教授の自宅に跳んだ方が良かったかも知れない。すると、女性が言った。

「その教授は自分で”通路”をコントロールしていたのですね。力が強いので、白人の貴方を巻き込んでしまう空間の渦を作ってしまったのでしょう。そんなことが出来るのは・・・」

 彼女は何かを口の中で呟いたが、テオには聞き取れなかった。
 女性は彼に再びニッコリ笑いかけた。

「少佐のところへ行きたいですか?」
「スィ。道を教えていただければ・・・」
「白人に一人で神殿内を歩かせることは出来ません。私が行ける所まで案内しましょう。」
「グラシャス。ところで、貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 すると彼女はなんでもないように答えた。

「名はありません。 少なくとも、他人に教える名前はないのです。」

 テオは心の中で叫んだ。

 げっ! ママコナだ!!!!!



第11部  神殿        1

 「待って!」

 テオは空中に消えて行くケサダ教授に駆け寄った。神殿にいるケツァル少佐にすぐに連絡をつけたかった。夢中で教授に向かって手を差し出し・・・
 いきなり両足が宙に浮いた感触があった。

 え?!

 次の瞬間、彼の体は冷たく固い物に叩きつけられた。幸い頭部を打たなかったが、暫く体がショックで動かなかった。

 なんだ?

 ケサダ教授に衝撃波をくらって突き飛ばされたのかと思った。だが顔を上げると、そこは初めて見る風景だった。暗い空間、疎に松明の火が灯っている。壁は大きな石組みだ。彼は床に手をついて立ち上ろうとして、床も石畳だと気がついた。空気が冷たく、ブルッと身震いした時、背後から声をかけられた。

「お怪我はありませんでした?」

 スペイン語だが、とても丁寧で、少し訛って聞こえた。テオは座り込んだまま、振り返った。暗がりの中に、ボウッと光る人形の様に、女性が立っていた。若い人で、年齢は20歳前後か? 純血種のインディオだ。マハルダ・デネロスをもう少し幼くした感じで、暗がりに溶けてしまいそうな茶色の服を着ていた。普通の裾が長いチュニックで、脚にスパッツを履いているようで、足はサンダルを履いていた。髪の毛は長いのかも知れないが、やや後ろでお団子に結っていた。

「あ・・・いきなり現れてすみません・・・」

とテオは謝った。

「驚かれたでしょう? 俺もここへ来るつもりはなくて・・・」

 彼は重大な疑問を思い出した。

「ここはどこです?」

 女性がクスッと笑った。

「貴方が最後に頭に思い浮かべた場所です。」

 つまり”空間通路”の仕組みを知っているのだ。この女性は”ヴェルデ・シエロ”だ。テオはもう一度周囲を見回した。暗くてわからないが、かなり広い空間の中にいる気がした。

「まさかと思いますが・・・神殿ですか?」
「スィ。」

 女性がニッコリした。すると、この女性は巫女の世話をしている女官なのか?
 テオは相手を怯えさせないように、許可を求めた。

「立ち上がって良いですか?」
「スィ。」

 テオはゆっくりと立ち上がった。空中から石畳の上に放り出された時に打撲したのか、お尻がちょっと痛かったが、他に怪我はなさそうだった。

「白人が立ち入ってはいけない場所に入ってしまいました。すぐ出て行きます。」

 すると、女性が尋ねた。

「貴方は、どうやってここへ来たのですか? 白人が”通路”を通れると聞いたことはありませんが?」
 

第11部  神殿        7

  ママコナは前に向き直った。足は速度を変えずに壁伝いに歩いて行く。 「私はカイナ族の生まれですから、ジャガーにはなれません。でもナワルは使える力の大きさを表すだけで、本質は一族全員が同じなのです。」 「そうでしょうね。」 「ですから、私も他のカイナ、グワマナも、ジャガーなのです...