2023/01/16

第9部 ボリス・アキム       7

  翌日の朝からマイロとチャパはアスクラカン市街地の南半分で昆虫採集を始めた。吸血をするサシガメは人家の壁に住み着くので、空き家を探しても意味がない。住民がいる家で、出来れば裕福でなさそうな家庭、と言えば失礼になるのだが、土壁を使った家屋を探して、外側から出来るだけ隙間などを探した。のんびり屋のセルバ人も流石に彼等の行動に不審を抱いたのか、昼ごろに警察が現れた。

「何をしているんです?」

 捕虫網と飼育容器を抱えた2人の男に、警察官はパトカーを停め、車から降りて声を掛けて来た。両手を腰に当てている。何か不審な動きがあれば拳銃を抜けるようにしているのだろう。マイロは捕虫網をそばの壁に立てかけた。そして、「身分証を出します」と言った。チャパには少し待てと言い、彼はゆっくりとポケットからグラダ大学の職員I Dを出した。

「パスポートは宿にありますが、要りますか?」

 警察官は彼の身分証を眺め、それからそれを持ったままチャパを見た。それで、チャパもゆっくりと身分証を出した。

「大学の研究者?」

と警察官が確認の意味を込めて尋ねた。マイロは頷いた。

「スィ。伝染病を媒介する恐れがある昆虫を探しています。ただ、この街ではまだそれらしき虫がいないので、探しあぐねているところです。」

 チャパが陽気な声で尋ねた。

「虫に刺された後で心臓疾患に罹ったりした人の話を聞いたことはありませんか? サシガメに刺された後ですが・・・」

 警察官がフッと笑った。

「お祓いを受けて建てた家には、そんな虫は寄り付かない。セルバの常識だろうが。」

 マイロが何か言う前に、チャパも笑った。

「ですよね!」

 警察官は彼の上司らしいマイロに向き直った。

「伝染病を探しているなら、このアスクラカンじゃなく、オルガ・シティに行った方が良いですよ。あっちは広いし人口も多い。”シエロ”だって面倒見きれないでしょう。」

 マイロはポカンとして警察官がパトカーに乗り込んで走り去るのを見送った。
 チャパが声を掛けた。

「先生、お巡りさんの言う通りですよ。この街はがっちり守られています。オルガ・グランデに行きましょう。」

 マイロは彼を振り返った。

「”シエロ”って何だ?」

 チャパが肩をすくめた。

「セルバの守り神です。古代のね・・・」


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第11部  紅い水晶     20

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