ミカエルは引き止めようとしたダブスンを振り切って別館の外へ駆け出した。
「少佐!!」
大声で叫びながら走った。本館の2階、庭に面した一角の窓が吹き飛んでガラスが地面に散乱していた。カーテンが引きちぎれた状態で風にたなびき、すぐ後で気がついたが1階ホールの窓のカーテンも全部風で揺れていた。
庭にいたアンゲルス邸の私兵達が腰を抜かした状態で地面に這いつくばっている中を、彼は全力疾走した。
玄関に駆け込むと、中央階段をロホがゆっくりと降りて来るところだった。両手で大きな麻袋を支えながら、先住民の言葉で何やらブツブツ言っていた。麻袋の口は紐でしっかりと縛られており、袋は中に何か生き物が入っているらしく、膨らんでいて、ピクピク動いていた。
ミカエルは階段の下で立ち止まり、2階を見上げた。
「ロホ中尉、少佐は・・・」
「すぐに降りて来られる。」
ホールの中に風が吹いていた。あんなに重苦しかった空気が清浄になり、気持ちが悪かった雰囲気が消えていた。建物の中が明るくなった感じだ。
階段の上にケツァル少佐が姿を現した。片手に石像を掴み、少し疲れた表情で降りてきた。ミカエルは石像を見た。ネズミには見えなかった。背中に小さな突起がある動物の様な形の何かだ。
「それが、神様?」
ミカエルの質問に、少佐が小さく頷いた。
「スィ。雨を降らせて下さる有り難い神様です。」
それなのに、彼女は無造作に神像を片手で掴んでいるだけだった。ミカエルはロホが持っている麻袋を見た。袋の中の物がピクピク動いている。
「それは?」
「神様の荒魂。」
ケツァル少佐はそれ以上口を利くのが億劫な感じで、建物の外に出た。そのままジープに向かって歩く。別館から出ていたアスルが素早くジープへ駆け寄り、ドアを開けて上官を迎えた。少佐は大儀そうにジープに乗り込んだ。ロホが彼女の横に麻袋を置いた。彼も疲れているのか、アスルにジープのキーを投げ渡した。ミカエルがジープに近づくと、ダブスンがテオと呼んだ。
「何処へ行くの? 貴方は家に帰るのよ!」
少佐が彼を見たので、彼は言った。
「あんな女、知らない。」
ところが、少佐はこう言った。
「家に帰りなさい。」
「嫌だ。」
「我々はこれからネズミの神様を元の遺跡に返しに行きます。外国人を連れて行く訳にはいきません。」
「俺は、エル・ティティに帰る。」
「その前に、やるべきことがあるでしょう。ご自分が何者なのか、はっきりさせて、それでもこの国を選ぶ覚悟がおありなら、戻って来ればよろしい。」
アスルがジープのエンジンをかけた。少佐が言った。
「アスタ・ルエゴ。」(またね)
ロホも言った。
「ケ・テ・バジャ・ムイ・ビエン。」(貴方に良いことがありますように)
アスルがクラクションを鳴らし、ジープはアンゲルス邸から走り去った。
遠ざかって行く砂埃の塊を、ミカエルは呆然と見つめていた。
1 件のコメント:
ケツァル少佐は多分ナワルを使った。
疲れているが、それでも次の任務に向かう気力はある。
シオドアはアメリカへ戻る。そうしろと少佐が言ったから。
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