2021/06/15

記憶喪失の男 16

 「貴方は不思議な人ですね、セニョール。」

とケツァル少佐が言った。

「普通の人はアルメイダの様に生気を吸い取られて体の不調を訴えるか、バルデスの様に邪気を感じて本能的に近づかないものです。でも彼等は石像を見ているだけで、神様の力は見えません。ところが、貴方はネズミの邪気が見えた。アルメイダのそばに寄っても平気だった。」

 彼女が尋ねた。

「貴方は何者ですか?」
「それは俺も知りたい。」

 そして、君達こそ何者なんだい? とミカエルは心の中で尋ねた。一見只の兵士の様に見えて、住民達から畏敬の念を持って見られている。軍人がどうして悪霊祓いなんかしているんだ? それも軍務なのか? 
 少佐がウェイターを呼んだ。

「お勘定。」

 ウェイターが頷いてカウンターへ向かった。ミカエルはちょっと申し訳ない気分になった。

「本当は男の俺が払うべきだろうな。」
「気にしないで下さい。私は文無しから奢ってもらおうなどと考えておりません。」

 ウェイターが伝票を持って戻ってきた。少佐がカードを出すとウェイターも携帯チェッカーを出して支払いが行われた。少佐はカードを小さなポシェットに仕舞い、ウェイターにチップを渡した。
 ミカエルと少佐はレストランを出た。出入り口に立っていたアスルが2人の背からついて来た。食事中もずっと立ち番をしていたのだ。仕事とは言え、ご苦労なことだ、とミカエルは思った。多分、昔もこう言う護衛が付いていた。護衛が何時間でも待っているのが当然だと思っていた。労ってやったことなど一度もなかった。
 3人が駐車場に行くと、ロホが読んでいた雑誌をダッシュボードに仕舞い込んだ。ミカエルはそれを見て、思わず駐車場の街灯を探した。街灯は場外の道路より短い間隔で設置されており、明るかったが、雑誌や新聞の文字を読めるほどの明るさではなかった。だが、ロホは確かに読んでいた。
 見えるのか? この暗い場所で?
 アスルが先回りして少佐の為に車のドアを開けた。彼女が礼を言って乗り込み、ミカエルは反対側に回って自分でドアを開けて乗り込んだ。ロホがジープのエンジンをかけると、少佐が言った。

「明日の朝、もう一度アンゲルス邸に行きます。セニョール、貴方も来て下さい。」
「俺の仕事があるのかい?」
「バルデスは貴方を知っています。彼と話をして彼の注意を惹きつけておいて下さい。その間にロホと私は本館の2階へ行きます。」

 アスルが尋ねた。

「私はどうしましょうか。」
「貴方はこのセニョールと一緒にバルデスを見張っていなさい。バルデスの手下が2階に上がって来ない様に見張るのです。あのネズミの神様は相当お怒りの様です。ロホと私の2人がかりでも持て余すかも知れません。第3者を守る余裕はないでしょう。邪魔をされたくありません。」
「了解しました。」

 夜風が頬を撫でて気持ちが良い。ミカエルはほろ酔い気分もあって、少し踏み込んだ質問をした。

「あのネズミの神様は、いつも人を呪っていたのかな。そんな怖い神様をどうして古代の人々は祀っていたんだろう。」

 するとロホが運転しながら答えた。

「元は呪う神様ではなかったのです。正しい場所から盗まれて邪な人間の手から手へ売り渡されてお怒りなだけです。正しい場所へお戻しすればお怒りは鎮まります。」

 アスルが呟いた。呟き声だったが、ミカエルには聞こえた。

「白人がそんな話を信じる訳がない。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

早くも少佐はシオドアに一目置いてますね。
敵じゃない、でもどの程度信用できるかわからない、取り敢えず利用できるから利用してみよう・・・と云うところ?

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