2021/06/15

記憶喪失の男 15

「あれは5ヶ月前のことです。」

とデザートを食べ終えた少佐が言った。

「南東部のジャングルの中にある、まだ未調査の遺跡が荒らされました。正式な調査がなされていなかったので、通報を受けた我々には、遺跡から何が盗まれたのかわかりませんでした。しかし、いくつかの石像物がなくなっていることは痕跡から明らかでした。」
「大統領警護隊がどうして遺跡荒らしを担当するんだい?」
「私は大統領警護隊文化保護担当部に所属しているからです。私の部署の仕事は、遺跡と文化財の保護、考古学者達をゲリラや盗賊から保護することです。文化財の窃盗があれば追跡して盗難品を回収します。」
「犯人も逮捕するんだね。」
「スィ。」
「その遺跡を荒らしたのが、例の写真の女?」
「ノ。荒らしたのは地元の人間でした。通報して来た男です。」
「はぁ? 自首したのか?」
「自首と言うより、救援を求めて来たのです。」

 少佐はウェイターを呼び止めて、コーヒーのお代わりを要求した。ミカエルは考えた。

「救援って・・・遺跡荒らしが何か困ったことに巻き込まれたのか?」
「今朝、アルメイダを見たでしょう。」

 少佐は自明のことを訊くなと言う風に言った。ミカエルはハンモックに横たわって今にも死にそうな衰弱した女を思い起こした。

「遺跡を荒らしたヤツも彼女と同じ目に遭ったのか?」
「即効で。アルメイダはそばを歩いただけだったので症状が悪化するのに一月かかりましたが、遺跡泥棒は1週間で倒れました。彼の村の呪い師が古の神の呪いだと気がついて、大統領警護隊に連絡を遣したのです。」
「ちょっと待って・・・」

 ミカエルは頭が混乱しそうになった。

「古の神の呪い? 呪い師って?」
「この国では今でも原因不明の病気は古い神様の呪いだと信じられています。それを治したり占ったりする仕事をする呪い師が、大抵の村や小さな町にいます。」

 ミカエルは人類学者ではないと言う意識があったが、それでも現代に呪い師が生き残っていることは感覚として理解出来た。医者に懸かるにはお金が懸かるのだ。現金がなくても手に入る現物でお礼が出来れば、呪い師に頼る庶民は多いだろう。

「その呪い師が、手に負えないと思って君に連絡して来たってことか?」
「正確には、呪い師はママコナに助けてもらいたいと大統領警護隊に請願したのです。」
「ママコナって?」

 前にも耳にした単語だ。ケツァル少佐は辛抱強く説明した。

「セルバ共和国の国民だったら誰でも知っていますが、首都グラダ・シティにある”曙のピラミッド”で国家的祭祀を執り行う役目を担っている巫女です。」
「つまり、偉い巫女さんに助けて欲しいと呪い師が言って来たんだね。」

 ミカエルがあっさりと説明を呑んでくれたので、少佐は頷いた。

「スィ。でもママコナはローカルな厄介事の面倒は見ません。」
「ローカルな厄介事を引き受けるのが、君達文化保護担当部な訳だ。」
「まぁ、そう言うことです。」

 少佐は2杯目のコーヒーも飲んでしまった。

「私達は悪魔祓いの様な仕事を専門にしている訳ではありません。仕事の中心は盗まれた文化財を取り戻し、修復保護する事です。泥棒に何を盗んだのか、盗んだ物をどの様に扱ったのか訊く必要がありました。ですから、彼の病気を治してやるのを条件に詳細を聞き出しました。」
「ネックレスで治してやった?」
「彼の場合はロホが作った泥人形に病の元を乗り移らせて砕きました。」
「ロホが泥人形を作った?」
「彼は、呪術師の家系の出です。」

 アサルトライフルを担いだ大統領警護隊の精鋭と呪術師のイメージがミスマッチだ。少佐はそんなことを考えたこともないのだろう。話を続けた。

「泥棒が自供した盗品は、小さな女神像3体とネズミの神像1体でした。彼は盗み出して直ぐにそれらを近くの町の故買屋に売り払っていました。」
「まさか、その故買屋も病気になったんじゃ・・・」

 その答えはケツァル少佐のうんざりした表情を見れば訊くまでもなかった。

「すると、君達は神様の呪いで病気になった連中を辿って、あの写真の女に行き着いたのか。」
「スィ。ロザナ・ロハスはこの国の美術品密輸グループの元締めの1人と言われている女です。」
「彼女も病気になった?」
「その情報はありません。彼女が直接盗品に接触しなければ、彼女自身は無事なのです。恐らくメールやネットで商品を確認して販売しています。だから今回のネズミの神像を彼女は直接触れずにアンゲルスかバルデスに売り払った。」

 少佐はウェイターを呼び、水を注文した。ミカエルもミネラルウォーターを頼んだ。

「ロハスらしき女がオルガ・グランデ行きのバスに乗ったと言う情報を得て追跡したら、エル・ティティの事故で足跡が途絶えました。彼女があの事故で死んだのか、乗らずにまだ生きているのか、今もわかりません。ですが、彼女の口座にお金を振り込んだのがオルガ・グランデのミカエル・アンゲルスであったことは判明しました。それで、彼の名を名乗っている貴方に会いに行ったのですが、貴方は実物より遥かに若いし、記憶を失っている。神像の手がかりは持っていませんでした。」

 ミカエルは運ばれてきた水を飲んで喉を潤した。

「アンゲルスの邸に行ったら、物凄く気持ち悪い感じがした。ネズミの神様があそこにいるんだな。」
「恐らく2、3ヶ月前に郵便か何かでロハスが送ったのでしょう。アルメイダの前任者は気の毒に生気を奪われてしまったと思われます。」
「それじゃ、アンゲルスは? リコから聞いた話では最近は誰も彼を見ていないそうだが・・・」
「恐らく、もうこの世にいないのでしょう。バルデスは組織をまとめる為に彼が生きているかの様に振る舞っていますが、屋敷の2階に上がるのは怖い様です。」
「こうも考えられないか? ネズミの神像の呪いを知ったバルデスが、主人を暗殺して組織の実権を奪う目的で神像をロハスから買い取った。暗殺は成功したが、呪いの力が強過ぎて神像の処分に困っている・・・」

 少佐がミカエルの目を見て、初めて微笑んだ。

「それが正解かも知れませんね。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ネズミの神様って何だろうね?
兎に角、この物語で登場する悪霊の中では、初っ端に登場したにも関わらず最強の感じがする。

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