2021/06/21

風の刃 5

  折角美人と楽しいランチデートをしているのに邪魔が入った。シオドアには相手の正体がわからなかったが、少佐が突然ビクッとした表情で立ち上がった。店の外に視線を送る。シオドアも同じ方向を見たが、通りを行き交う車や人が見えるだけだった。

「どうかした?」

 彼の問いかけに、彼女が振り返った。珍しい物を見る目付きで彼を見下ろした。

「”曙のピラミッド”に近づいたのですか?」

 シオドアは面食らった。誰が少佐にそんなことを教えたのだ? 何時?

「観光客の帽子が飛ばされたので、拾ってあげただけだよ。警察官にも注意されたけど、そんなに悪いことかい?」
「悪いことではありませんが・・・」

 少佐は椅子に座り直した。

「貴方の身が危険です。」
「はぁ?」

 訳がわからない。

「ロホから聞いていないのかい? 俺が警察官にいちゃもんつけられているところを彼が助けてくれたんだ。もう平気だと思うけど・・・」
「そんな問題ではありません。」

  ケツァル少佐は皿の上に残っていたタコスを掴むと、パクリと一口で食べてしまい、手を紙ナプキンで拭った。

「普通の人がピラミッドに誤って近づいても、問題はありません。警察に2、3時間留め置かれて500ペソの罰金を払えば後はお咎めなしです。」
「罰金が必要なら今からでも払うよ。」
「そんな問題ではないのです。」

 どう説明しようかと彼女は考え込んだ。シオドアは何が彼女を悩ませているのか見当がつかず、ウェイターを呼んでコーヒーを2つ注文した。
 少佐が携帯電話を出した。誰かに電話をかけると、相手は直ぐに出た。彼女はシオドアが全く知らない言語で喋り始めた。シオドアは、店内の客の中にいた先住民らしい顔つきの男性が、ギクリとした顔で彼女を見たのに気がついた。彼女の言葉がわかるのだ。ケツァル少佐は先住民の言葉で喋っている。少佐は何か問いかけていたが、1分後には電話を切り、深く溜息をついた。呟いた。

「貴方は厄介事とお友達なのですね。」
「友達申請した覚えはないがね。」

 コーヒーが運ばれて来た。少佐は遠慮なくコーヒーにミルクをたっぷり入れて、時間をかけて飲んだ。シオドアは先刻の先住民の男性をそっと覗き見た。男性は何事もなかったかの様に同伴者と食事を続けていた。スーツ姿のシティ・インディヘナだ。同伴者との会話は英語だった。
 少佐が彼の視線の行方に気がついた。振り返らずに尋ねた。

「彼は純血種のインディヘナです。珍しいですか?」
「ノ、君もロホもアスルも同じだろう?」

 彼女はあの客の存在を知っていたのか? さっき立ち上がった時に目に入ったのだろう。少佐が微かに笑みを浮かべた。薄ら笑いと呼んだ方が良さそうな、訳ありの笑に見えた。

「スィ、あの人も私達と同族です。」

 彼女はコーヒーを飲んでしまい、こう言った。

「暫くグラダ・シティを離れて地方へお出かけなさい。」
「え? 大学の講義は始まったばかりだ。」
「週末だけで十分です。2日もあれば、厄介事は忘れ去られます。」
「誰が忘れるんだ?」

 しかし少佐はその質問に答えず、立ち上がった。

「今日か明日のうちに貴方は出かけることになるでしょう。旅行の準備をなさった方が良いですよ。」

 そして、

「ランチをご馳走様でした。」

と言って、足早に店から出て行った。
 呆気に取られたシオドアがその後ろ姿を見送って、視線をテーブルに戻しかけると、例の先住民の紳士も少佐が去った方を見ていた。同伴者に声をかけられ、彼は笑って言った。

「美人がいたので、つい見惚れてしまって・・・」



1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

Q.少佐はどこに電話をかけたか?
A.大統領警護隊本部

Q.相手は誰か?
A.恐らく司令部の人間

Q.どんな内容の話だったか?
A.ピラミッドに近づいた白人にママコナがどの程度興味を持っているのか?
   ”砂の民”に発動命令が出ているか?

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...