2021/06/24

風の刃 17

  岩山から下りると、ステファン中尉が警護隊の小隊長を呼んだ。小隊長はメスティーソだが、先住民の血が優っている顔付きだった。中尉に「古代のサラを知っているな?」と訊かれ、スィと答えた。中尉が岩山を指した。

「あの山の下がサラになっている。」

 小隊長が岩山を見た。そして洞窟の方を覗き込む様に首を伸ばした。

「昨日の事故は、サラでの”審判”でしたか。」

 セルバ人には古代の裁判の話は珍しくないようだ。小隊長に驚いた気配はなかった。視線を中尉とロホに向けた。

「すると、天井が崩落したのでありますね?」
「スィ。古いし、木の根が張っているから岩が脆くなっている。雨季が来たら一気に崩れる恐れがある。」

 シオドアは中尉が天井の補強を小隊に命じるのかと思ったが、そうではなかった。ステファン中尉は、考古学者が近くにいないことをサッと目で確認してから、小隊長に命じた。

「調査隊がベースキャンプから出たら、直ぐに岩山の上を爆破しろ。ダイナマイトの2、3本で足りるだろう。仕掛けたら、山の反対側へ降りろ。こちら側は危険だからな。」

 小隊長が頭の中でシミュレーションを行った様だ。少し間を置いてから、彼は言った。

「内側へ崩れる様に、ダイナマイトを仕掛けます。」
「任せる。行ってよろしい。」

 小隊長は敬礼して、仲間の方へ戻って行った。
 シオドアは遺跡の入り口付近で発掘装備を片付けている調査隊や作業員を見た。

「彼等が苦労して発掘した物を、爆破するのか?」
「この遺跡を爆破するのではありません。さっき見たサラだけを壊すのです。」
「まだ調査していないだろう? あれだって、君達が守る遺跡の筈だ。」

 するとロホがステファン中尉に助け舟を出した。

「崩すのは屋根だけで、壁は残ります。発掘はこれから先数年かかるのですから、崩れた岩石を取り除いて壁を調査すれば良いのです。」
「しかし、屋根だって遺跡だろう?」
「爆破しなくても、雨季が来たら崩れます。数百年使われなかったサラの屋根は脆くなっている上に、真ん中が開いてしまったので、
雨に耐えられません。」
「崩れない可能性もあるだろう? わざわざ急いで壊さなくても・・・」

 ステファン中尉が笑った。

「天井の穴から洞窟内に雨が降り込んだら、何が起きると思います、ドクトル?」
「何が起きるって・・・」

 洞窟内の風景を思い出してみた。コウモリ、コウモリの排泄物、埃、岩石・・・ステファン中尉が吐き捨てる様に答えを言った。

「コウモリの糞の土石流です。」

 洞窟に入っていないシュライプマイヤーが、「ゲッ」と呟いた。ロホが遺跡をライフルの先端でぐるりと指した。

「折角調査隊が掘り出した遺物が、次に戻って来た時にはコウモリの糞で埋もれてしまっているってことになりかねません。」

 彼等は歩き出した。シエスタの為にベースキャンプに帰るトラックが待っていた。フランス人達は片付けの時間が惜しいのか、なかなか乗らないので、運転手が苛立っている。シオドア達もフランス人を待つことになった。ステファン中尉とロホは中尉のジープでさっさとベースキャンプへ昼食を取りに行ってしまった。ジープには中尉のキャンプ道具が積まれているので、2人しか乗れなかった。
 トラックにもたれかかって、シュライプマイヤーが珍しく世間話を仕掛けてきた。

「博士は、さっきのセルバ人達と親しいのですか?」
「親しいと言えるほどじゃない。ロホは、俺が記憶を失って2ヶ月ほどしてから知り合った。だが友達じゃない。ステファンはここへ来て初めて会った。」
「しかし、貴方は彼等の扱いをわかっている様に見えます。」
「わかっているんじゃない、わかろうとしているんだ。彼等の上官のケツァル少佐を含めて、なんだか不思議な印象を与える人々だから。」

 すると、シュライプマイヤーが呟いた。

「私は、彼等のそばにいると落ち着かないんです。」
「どんな風に?」
「私はアフガンで戦闘を体験して来ました。敵を殺したこともあります。嫌な経験ですが、味方と私自身を守るために必要なことでした。」
「うん、わかるよ。」
「戦場ではいつも緊張の連続です。だが、仲間と一緒にいる安心感もありました。しかし、あのセルバ人達は違う。」
「敵か?」

 ボディガードは言葉を探した、困った表情で顔を顰めた。

「敵に対する感覚ではないです。なんと言うか・・・彼等とは通じ合えないものがある様な・・・」
「文化の違いだろう?」
「それなら、こんな不安は感じません。博士、貴方は虎が隣にいたら安心して昼寝が出来ますか?」

 奇妙な質問だ、とシオドアが思った時、リオッタ教授がやって来た。警護の兵士も一緒だ。教授が待たせたことを詫びた。やっと昼食にありつける。彼等はトラックの荷台に乗り込んだ。
 トラックが走り出して間もなく、リオッタ教授が朝のお喋りの続きを始めた。

「消えた村の名前を思い出しました。ボラーチョ村です。」

 シオドアはシュライプマイヤーに単語の意味を教えてやった。

「”酔っ払い村”だってさ。」

 リオッタ教授が頷いた。

「なんでも、村人達は昼間っから酔っ払って寝てばかりいたそうです。で、こっちの村の住民とは農作物の取引程度の付き合いで、外の世界との接触はほとんどなかったそうです。」
「それは、村の名前が”酔っ払い”だから、住民は酔っ払っていたのかい? それとも、住民が酔っ払っていることが多かったから、他の村からそう呼ばれていたのかな?」
「そこまでは、私も聞いていませんがね。だけど、ある日、隣村の人が頼まれていた買い物を運んで行ったら、ボラーチョ村は無人になっていた。次の日に行っても、やっぱり誰もいない。それで軍に通報したそうですが、軍は取り合わなかったと言ってました。」

 リオッタ教授は消えた村に関心を抱いた様子だ。

「ボラーチョ村の人が、あのオクタカス遺跡の伝説とか何か知っていたんじゃないかなぁ。何処かに子孫がいれば、話を聞いてみたいものだ。」

 するとシュライプマイヤーが彼に話しかけた。

「洞窟が古代の裁判所だって話を聞きましたか、教授?」
「え?」

 リオッタ教授がこっちを見たので、シオドアは内心舌打ちした。大統領警護隊も警護小隊も、遺跡に関する情報を持ちながら発掘調査隊には教えていないのだ。教えたくないのだ。天井をこれから爆破するから。
 シュライプマイヤーは流石に爆破計画までは言わなかったが、洞窟に古代の裁判所が設けられていた様だ、と考古学教授に伝えた。リオッタ教授は当然ながら強い興味を示した。

「誰からその話を聞いたんです?」

 シュライプマイヤーは、きっと大統領警護隊が嫌いなのだろう。あっさり情報を流した。

「あの、虎みたいな顔の中尉からです。」

 シオドアは慌ててフォローと言うより弁解した。

「セルバ人なら普通に知っている古代の仕組みの様だよ。」





1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

シュライプマイヤーが大統領警護隊に対して感じた不安は、彼の軍人の本能というものだろう。
自分達と違う能力を持っている者を無意識に識別したのだ。
特にステファンは気を抑制できないので、シュライプマイヤーは敏感に感じ取った。

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