2021/06/24

風の刃 18

  どんな裁判の仕組みなのか、と興味を抱くリオッタ教授をウザイと感じたのだろう、一緒に乗っていた兵士の1人が説明した。

「洞窟の奥に丸い部屋があって、そこに罪人を立たせる。天井から石を落として、罪人が無事なら無罪、死んだり怪我をしたら有罪。簡単な裁判だ。」
「そんな裁判の方法があるのか? 初耳だ。」

 興奮しかけるリオッタ教授に、兵士が面倒臭そうに言った。

「言い伝えだ。そんなやり方で実際に裁判をした話を聞いたことがない。」
「だが、遺跡があったんだな?」
「裁きの部屋、サラが崩れた状態の遺跡ならいっぱいある。」
「オクタカスは完璧な状態で残っていた稀有な場所だった訳だ!」

 教授がトラックの荷台から名残惜しそうに遠ざかる遺跡を眺めた。
 ベースキャンプに到着すると、先に戻った作業員達が昼からの仕事に出かけようとしていた。昼食を済ませたステファン中尉とロホも再び出ようとしていた。シュライプマイヤーが先手を打って、シオドアより先に2人に声をかけた。

「ハースト博士は午後は出かけずにキャンプに残る。」

 シオドアが文句を言う前に、ロホが片手を挙げて了承を伝えた。ステファン中尉はシオドアを警護するのも仕事だ。彼はボディガードをジロリと見て命令口調で言った。

「ドクトルが勝手に出かけないよう、しっかり見張っててくれ。」
「わかっている。」

 シュライプマイヤーは怒鳴った。シオドアは彼が口の中で「若造めが」と呟くのを聞いた。
 集合棟で食事をしている間、リオッタ教授はタブレットに何かをせっせと書き込んでいた。きっとサラの言い伝えを記録しているのだ。食事を終えると、作業員達のテーブルに行って、遺跡の情報を聞き込み出した。
 シュライプマイヤーが「考古学馬鹿だ」と評した。専門家だから仕方がないさ、とシオドアは軽く受け流した。夕方迄することがなかったので、出土品の荷造りを手伝った。そのうちに撤収作業が終わったらしく、フランス人達が戻って来だした。シオドアはリオッタ教授が彼等にサラの情報を分けるのかと思ったが、意外にもイタリア人はフランス隊には話しかけなかった。自分の発見にしたいのだ、とシオドアは気がついた。現地採用の作業員達から話を聞いて回ったリオッタ教授は、最終のグループが戻って来てベースキャンプがごった返している頃に、やっとシオドア達の元へ戻って来た。

「ちょっと耳寄りな話を聞きました。」

 貴方だから言います、と彼はシオドアに英語で囁いた。

「村から働きに来ている男達の中で年寄りが1人いるんですが、彼はボラーチョ村へ幼い頃に行ったことがあるそうです。」
「実際にあったんですね、その村は。」
「イエス。普通の農村だったそうですが、人付き合いの悪い村だったと。でもその村から何人かは出稼ぎに出ていたそうで、今でも子孫が国内の何処かにいるんじゃないかって。」
「雲を掴むような話です。」
「その出稼ぎに出た人に、話を聞けたら良いんですがね。」


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