2021/06/18

笛の音 6

 軍の犯罪捜査部がデイヴィッド・ジョーンズのアパートを捜査していた。恐らくドラッグを探しているのだろう。本来ならシオドアが立ち会うべきなのだが記憶喪失なので、ダブスンが代理で研究に関係があるものを捜査官が勝手に持ち出さないよう見張っていた。 
 シオドアは別の捜査官から日曜日に出かけた博物館のことを訊かれた。そこでドラッグを購入したのではないかと疑っているのだ。シオドアは2人ずっと一緒にいた訳ではないと言った。自分はセルバ共和国のコーナーで長居していたので、ジョーンズが2階の展示室で何を見たのか、誰かと接触したのか知らなかった。

「だが、これだけは言える。あのシケた博物館の客はデイヴィッドと俺の2人だけだった。あそこで出会ったのは、チケット売り場の人と売店の女性だけだ。」

 ハンバーガー屋でも店員以外の第3者と接触した覚えはなかった。捜査官はシオドアと別れた後のジョーンズの足取りを調べると言って、彼を開放した。
 研究室に戻ると、助手達が数人ずつ集まってヒソヒソと喋っていた。シオドアが入室すると振り返って無言で尋ねた。ジョーンズに何が起きたのか、と。シオドアは肩をすくめて見せただけだった。
 席に着いてパソコンを開いたが、仕事が手に付かない。助手達の中で一番親身になって接してくれた男に、俺は何もしてやれないのか?
 ジョーンズの不可解な行動は、まるで何かに取り憑かれたみたいだ。夕方になって、シオドア、アリシア、エルネストの親代わりだと言うライアン博士が部屋へやって来た。

「ワイズマンは不機嫌だ。」

と年老いた博士が言った。助手達も政府機関の研究所で働く以上、雇用の際にしっかりと身元調査されている筈だ。デイヴィッド・ジョーンズは親子3代の軍人の家庭で1人だけ科学の道に進んだ頭脳エリートだった。ライアン博士の教え子でもあったのだ。

「テオ、どうして君達は中南米関係の博物館などへ行ったのだ?」
「デイヴィッドの友人が、面白い物が展示されていると彼に教えたそうです。それで、デイヴィッドが俺を誘ったのは、多分、展示物を見せたら俺が何か過去を思い出すのでは、と期待したんじゃないですか。」
「初めて行った場所だな?」
「彼も俺も初めて・・・だと思います。」
「何か思い出したか?」
「いいえ。」

 ライアン博士はじっとシオドアの目を覗き込んでいたが、諦めた様に視線を逸らして部屋から出て行った。親代わりと言うが、愛情を感じられない目だな、とシオドアは思った。
 部屋の何処かでヒソヒソ声が聞こえた。

「デイヴィッドは美術品なんかに興味あった?」
「否、彼は宇宙人が好きよ。」
「ナスカの地上絵とか好きよね。」
「博物館で変な物を触ったんじゃない?」
「呪いの絵とか?」

 シオドアはそちらを振り返った。女性が5人ばかり集まっていた。彼の視線に気がついて、彼女達は決まり悪そうに解散した。シオドアはパソコンに向き直った。
 呪いの絵? 壁画なんてあったっけ? そんな物を遺跡から持ち出したら、国際問題だろう。セルバ共和国だったら大統領警護隊文化保護担当部がすっ飛んで来る。
 懐かしいセルバ人達を思い出したシオドアの胸に、何かが引っかかった。
 ジョーンズは、博物館で何に触れた? 展示物に無闇に触れるような無神経な男じゃない筈だ。彼が触れたのは、売店の・・・
 シオドアはいきなり立ち上がった。



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