デイヴィッド・ジョーンズは軍のお抱え科学者なので市警察から基地へ護送されて来た。シオドアは面会を希望し、ガラス越しに観察することを許可された。ジョーンズはベッドの上に膝を抱えて座っていた。顔のペイントは拭われていたし、着衣はスエットスーツに着替えさせられていた。事件を起こした時に身につけていた物は全て鑑識の方へ回されたのだ。不安そうに足元のシーツを見つめ、体を左右にゆっくりと揺らしている姿は正常ではなかった。
一緒に眺めていたエルネスト・ゲイルが囁いた。
「犯行時に心身喪失状態だったと主張出来るかも知れないな。」
「当たり前だろう。まともな意識があって暴力を振る様な男じゃない。」
シオドアがそう言うと、彼は驚いた表情で振り返った。
「君が他人を弁護するなんて、驚きだなぁ。」
どうせ俺は嫌な男だったんだろ。シオドアはそれ以上エルネストと一緒にいたくなかったので病棟を出て、ボディガードのシュライプマイヤーに電話をかけた。日曜日に出かけた博物館に行くので運転を頼むと告げた。本当は1人で行きたかったが、単独行動を取って研究所から文句を言われるのはゴメンだった。
博物館は午後5時前だと言うのに早々と閉館準備をしていた。シオドアは切符売り場の人に頼み込んだ。
「売店の笛が欲しいんだ。入れてくれないかな?」
「笛?」
「土を焼いて作った猫みたいな形の笛。1個2ドルで売ってるヤツ。」
「入館料は5ドル。」
がめついなぁと思いつつ、チケットを買って中に入った。シュライプマイヤーの分は買わなかったので、用心棒は入り口に立って彼の行方を見ていた。
シオドアは売店に直行した。例の笛はまだあった。前日はジョーンズが1個買って3個残った。まだ3個あった。3個ともレジに持って行った。
「昨日、俺の友達が1個買ったんだけど、あれから誰かこの笛を買った?」
売店の女性はフンと鼻で笑った。
「買う人なんていないわ。昨日売れてびっくりしたぐらいよ。」
「これは、何処で仕入れたの?」
「さぁ・・・随分前の物だから・・・」
「この博物館は何時できた?」
「5年前よ。金持ちの道楽でしょ。」
女性はただそこで働いているだけだ。学芸員でも考古学者でも何でもない。
「仕入れ担当の人を教えてくれないか?」
「そんな人いない。オーナーが時々旅行土産を持って来て置いて行くのよ。」
「オーナーと連絡を取る方法は?」
「知らない。ジョーに訊いてよ。切符売り場にいるから。」
シオドアは土笛を嗅いでみた。どれも臭くない。ジョーンズが買った笛は異様に臭かった。そして、ジョーンズは何故かその笛だけにこだわった。シオドアは10ドル札を出した。
「笛はいい。お釣りもいい。取っといてくれ。」
すると女性がオーナーの著書を手に取って、裏表紙を開いた。
「オーナーの連絡先はここに書いてあるのよ。」
博物館のオーナーは、私立の大学で考古学教授をしているヘイズと言う男性だった。シオドアが売店で売られている土笛のことを訊きたいと言うと、彼は電話の向こうで耳障りな声を立てて笑った。
ーーあれは出土品ではなく、土産物屋で売られている玩具ですよ。
「玩具?」
ーーそう。現地の主婦とか子供が作って売ってる安物です。
「何処で買い求められたんです?」
セルバ共和国かと思ったが、ヘイズはメキシコだと答えた。
ーーティオティワカンの遺跡の近所でしたね。道端でしつこく声を掛けてくるお婆さんがいたので買ってあげたんです。だが所詮玩具ですから、全部売店に置きました。
「全部で何個ありましたか?」
ーー覚えてないなぁ・・・4個か5個か・・・3個だったかも知れない。
ヘイズ教授は紛い物の出土品に興味がなかった。シオドアはそれ以上笛に関する情報が得られないと知ると礼を告げて電話を切ろうとしたが、ふと別のことを思いついた。
「教授、貴方はセルバ共和国の出土品も展示されておられますが、あれはどんなルートで手に入れられました?」
ーーどんなルート?
急にヘイズ教授の声が警戒心を帯びた。
ーーセルバ共和国は非常に閉鎖的な国なんです。考古学者の立ち入りが難しいことで知られています。私は、あの国が独立する前に近隣諸国に持ち出された物を集めたんです。個人が所有していた品物を、ちゃんとお金を払って買いましたよ。
「そうですか。お気を悪くなさらないで下さい。私は最近、あの国へ出かけて風変わりな神像の写真を見せてもらったんです。実物を見たいと思っていますが、遺跡の場所が分からなくて。」
ーー見学だけなら、何とかなるかも知れません。
ヘイズ教授はシオドアを考古学者だと勘違いしたのかも知れない。
ーーセルバ共和国で遺跡に入りたい時は、文化教育省に申し込むんです。でも期待しないで下さい。あの国の事務手続きは時間がかかるんです。私も2回ほど見学に行きましたが、申請を出して許可が下りるのに3ヶ月かかりましたよ。
「そんなに?」
ーー南の大陸では、コネか金が物を言います。
「私は貧乏ですから・・・」
ーーそれじゃ、コネですな。外交官にお知り合いがいたら、駐米セルバ共和国大使に頼み込むんです。
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