2021/06/26

はざま 1

  シオドアはジャングルの中にいた。木の枝と葉っぱで造られた簡素な小屋が彼の空間だった。同じ様な造りでもう少し大きな小屋が10ばかり集まっている小さな集落だ。住民は50人程。純粋な先住民で老若男女入り混ざっている。裸ではなく、Tシャツやジーンズを着ているし、キャップを被っている人もいる。足元はスニーカーを履いていたり、サンダルだったり、素足だったり様々だ。集落から少し行った所に畑があって芋とトウモロコシを栽培している。成人した男達は全員よく切れそうな山刀を持っており、たまに弓矢を持って森に出かけて行った。
 シオドアは彼の小屋で目覚めて以来、村人達から親切にしてもらっていた。女達は蒸した芋やトウモロコシを持って来てくれたし、子供達は水を瓶に汲んできてくれた。男は肉が焼けると分けてくれた。一つ困ったことは、言葉が全く通じないことだ。少なくとも、シオドアは彼等が話す言葉を理解出来ない。完全に未知の言語だ。耳を澄ませて聞いていても、文法がさっぱりわからない。だが向こうは、彼が手振り身振りを交えながら話すと、大体言いたいことを理解してくれた。彼の名前がテオだとわかってくれた。
 ここは、オクタカスから消えたボラーチョ村なのだろうか。シオドアは身振りを入れながら尋ねたが、住民達はポカンとした表情で彼を見ているだけだった。
 目覚める前の記憶はちゃんとあった。ケツァル少佐のアパートで、少佐とアスルと3人で食事をして、彼自身の身の上話をした。セルバ共和国で暮らしたいと少佐に訴えかけた。そして、アスルに名前を呼ばれ・・・
 少佐とアスルが俺に何かをしたのだ。そしてこんなジャングルの奥地に置き去りにした。何の為に? 俺が人為的に遺伝子操作された人間だから、捨てたのか? 俺は見捨てられたのか?
 少佐に会って話を聞かなければ。それにはジャングルから出なければ。
 食事時間は、村の広場で全員一緒だった。男も女も年寄りも子供も一緒だ。焚き火を囲んで、彼等はシオドアが理解出来ない言葉でペチャクチャ喋っている。楽しい家族団欒の時間。シオドアが見た限りでは、彼等は4家族だった。家は2軒ずつ持っているのか、何か空間を分けるルールがあるのかわからない。自由に出入りしているから、あまりプライバシーの保守は関係ないようだ。シオドアは食べ物を皆んなと平等に分配してもらったが、彼に話しかけてくれる人はいなかった。話しかけても言葉がわからないと思われている節もあった。
 学習すればすぐに話せる自信があったので、シオドアは彼の方から話しかけてみた。村人達は当惑した表情で互いに見合った。

 目で会話している!

 シオドアは心臓が高鳴った。ここはやはり少佐達の部族の村なのだ。彼等は部外者がいない場所では声で会話する。しかし部外者に聞かれて困る内容は目で伝え合うのだ。
 シオドアは彼等をあまり刺激しないことに決めた。警戒されるとジャングルから出られなくなる。
 村に来てから8日目に男達が狩に出かけたので、彼はついて行った。男達は初めは彼がついて来ることに戸惑って何度か振り返って様子を見ていた。しかし彼が静かに歩き、狩の邪魔をせずに見守っているだけだと知ると、自分達の仕事に専念した。その日は太った野豚が獲れた。その場で解体する。血を流さず、皮、肉、内臓、骨と分けて、それぞれが葉っぱや持参した麻袋に入れて村へ運んだ。シオドアも臓物を運ばされた。生温かい荷物は、臭いがしなかった。包装に使用された葉っぱに秘密があるようだ、とシオドアは思い、植物の遺伝子を調べたいと思い、何を馬鹿なことを考えているんだ、と思った。
 1頭の野豚は均等に分けられ、各家族に配分された。男の1人がシオドアを指差して何かを語ると、女性達が笑顔で彼を見た。きっと狩に協力したと言ってもらえたのだろう。少し村人達の警戒が緩んだ。
 次の日は畑で女性達と一緒に芋を掘った。男女の役割が分かれているので敬遠されるかと思ったが、女性達は彼を歓迎し、芋を運ばせた。
 夜、焚き火の周囲で食事をして寛いでいると、年寄りがタバコを吸い出した。葉っぱを巻いただけの簡単なものだ。爽やかな香りがした。シオドアの記憶にある香りだった。
 ステファンが吸っていたタバコと同じ匂いだ!
 だがタバコ畑は何処にもない。彼等は葉っぱを買っているのだろうか。Tシャツやパンツや、家の中で見かける小さなプラスティックの生活用品、洗面器や子供用の腰掛け、女性が耳に付けている綺麗なピアス・・・ここの人々は決して外界から孤立していない。何処かで外の世界と接触しているのだ。


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第11部  紅い水晶     15

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