2021/06/26

はざま 2

  エル・ティティの町より質素な生活。10日目に子供達が朝早く何処かに出かけた。夕方帰ってきた彼等が麻の袋の中にノートと鉛筆を入れているのをシオドアは目撃した。学校へ行ったのか? スペイン語がわかるのか? 
 シオドアは余計な質問を控えた。子供達は村の北の方角から戻って来た。北へ行けば村か町があるに違いない。
 翌日、畑へ向かう女達の後ろをついて行き、途中で横道へ入った。北に向かって走った。木の枝や草で手足を傷つけたが、夢中で走った。後ろから追いかけて来る人がいるのではないか、矢で射られるのではないか、と不安だったが、誰も追いかけて来なかった。
 何時間走ったかわからなかった。喉がカラカラになり、体はヘトヘトだった。前方で人の話し声が聞こえた。誰かいる! 助かった!
 シオドアは茂みから開けた場所へ飛び出した。
 そこは、朝までいた村だった。樹木の中から飛び出した彼を、村人達が不思議そうに見た。決まり悪さと腹立たしさで、彼は充てがわれた小屋に入り、水瓶の水を瓢箪の柄杓でゴクゴク飲んだ。
 入り口に誰かが立った。振り向くと少年がいた。確かニートと呼ばれていたな、とシオドアは思い出した。年齢は14、5歳だろうか。この村では大人として扱われる年頃だ。青いサッカー用のTシャツと白い短パン姿で、ほっそりとした手足が長く見えた。ヤァ、と声をかけると、ニートが初めてスペイン語を喋った。

「畑に来なかったので、女達が心配していた。」

 訛りのない、綺麗なセルバ標準語だ。言葉が通じるんだ。 シオドアは力が抜けて、その場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。

「済まない・・・町へ行きたかった。」

 正直に言った。ニートがそばへ来た。シオドアの横にしゃがんで、同じ目の高さで話しかけてきた。

「貴方はここにいる。ここにいれば安全だ。」
「安全?」

 シオドアは顔を上げてニートを見た。

「それは、アメリカ政府から俺を隠してくれているってことか?」

 ニートが肩をすくめた。

「わからない。俺は外の世界のことを知らない。」

 そして彼はシオドアが首を傾げるような質問をした。

「次のアメリカの大統領選に、ケネディは出馬するのか?」
「ケネディ? 彼は半世紀も前に死んだ。」

  小屋の中を暫し沈黙が支配した。ニートが少しずつ彼から遠ざかり、立ち上がって小屋から出て行く迄、互いに見つめ合っていた。
 シオドアは1人になると、ハンモックに寝転がった。体に震えが来た。

 ここは何処なんだ? 何時の時代なんだ?


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第11部  紅い水晶     19

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