都会の墓地は周囲を柵で囲まれている。門番がいて、夜間は門扉が閉じられ開門時間にならなければ開かれない。 テオは迷ったが、その墓地の柵が壊れていないか静かに歩いて探し、なんとか外へ抜け出すことが出来た。
それにしても、ここはどこだ?
普段は尻ポケットに携帯を入れているが、夜寝る準備をしていた時に来客があって、寝そびれた。携帯もリビングのテーブルの上に置いて来てしまった。現在地もわからない。兎に角大きな通りに出よう。
テオは夜の闇を歩き出した。月が天空に浮かんでいる。高さから考えると、現在は午前3時か4時だろうか。夜明けが近い。
みんなどうしているのだろう。ケツァル少佐と大統領警護隊文化保護担当部の仲間は、本部で足止めを食っていると思って良いだろう。神官達のゴタゴタは片付いたのだろうか。
住宅地を抜けて、車が通る広い道に出た。そこまで来ると建物の様子から、グラダ・シティの南部だと見当がついた。ここから西サン・ペドロ通りまで歩くのはしんどいなぁ、と思うと急に疲れを感じた。
後ろから1台の乗用車が走って来て、彼を追い越して行った。ぼんやり眺めながら歩いて行くと、その車が路肩で停車していた。かなり高級なセダンだ。金持ちの車だな、と思っていると、運転席のドアが開いて男が降りて、こちらを向いて立った。
「ドクトル・アルスト?」
声をかけられて、テオはびっくりした。暗いので相手の顔を判別出来ない。歩き続けながら答えた。
「スィ。貴方は・・・」
「アブラーン・シメネス・デ・ムリリョです。」
あ、っと思った。ムリリョ博士の長子で大企業ロカ・エテルナ社の社長だ。 テオが「こんばんは」と言うと、相手は不思議そうに訊いてきた。
「こんな時刻にこんな場所で、どうして一人で歩いておられるのです?」
「ちょっと訳がありまして・・・」
アブラーンに事情を説明出来ない。彼は「一般の”ヴェルデ・シエロ”」で、神殿の内乱には無関係だ。きっとアブラーンの父親ムリリョ博士だって息子に今回の騒動を教えていない筈だ。無関係の人間を巻き込んではならない。
テオは相手に詮索されぬうちに言った。
「訳ありで、事情を語れませんが、困っています。西サン・ペドロ通りの入り口まで送っていただけませんか?」
アブラーンはどうやら一人だった様で、誰に相談するともなく、頷いた。
「構いません、通り道ですから。」
彼は助手席のドアを手で指した。テオは「グラシャス」と言うと、素早く車に乗り込んだ。革張りのゆったりした座席に腰を下ろすと、睡魔が襲って来た。
「申し訳ありませんが、眠らせてください。着いたら起こしてください。」
厚かましい要請に、アブラーンは苦笑した様子だったが、何も言わずに車を発進させた。
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