シオドアはジャングルの中を歩いていた。常に背中に太陽を、とアドバイスされたが、これがなかなか難しい。樹木が茂り、空が見えない深い森だ。それに虫が多かった。ヒルも樹上から落ちてくる。ニートに教えてもらった虫除けの草がいつも生えているとも限らないし、瓢箪の水筒に入れた飲水は残りが少ない。だが彼は歩き続けなければならなかった。
シオドアが村に来て13日目に、ニートが小屋へ訪ねてきた。
「大人達と話し合った。 」
と彼は切り出した。
「貴方は、遠い未来から来た。貴方が未来のことを何も話さなければ、ここで暮らしても構わなかった。だが、貴方はケネディが死んだと言った。」
シオドアは彼が何を言わんとしているか察しが付いた。
「俺がここにいると歴史が変わるんだな?」
ニートが悲しそうに頷いた。
「ここは貴方の世界からは絶対に見えないし、誰も来られない。しかし貴方は時間の掟を破った。これは無知では済まされない問題だ。」
「俺が言ったことを他の人に君は伝えた?」
「ノ。俺はただ大人達に、貴方が未来の出来事を喋ったと伝えた。彼等は俺に口を閉じているよう命じた。」
「君の安全のために。」
「スィ。そして村の安全の為に。」
「そして、俺をこれ以上村に置いておけないと結論を出したんだね。」
「スィ。」
ニートはシオドアを見つめた。
「皆んな貴方が好きだ。だから、貴方を元の世界に戻した方が良いと考えている。貴方が危険から逃れる為にここへ連れてこられたことは、知っている。でも時間の掟を破れば、恐ろしい罰を受ける。」
「わかった。元の世界に帰る。方法を教えてくれ。」
夜明けに太陽を背中に負う形で村を出るように、と言われた。常に背中に太陽を背負って歩く。立ち止まっても良いが、振り返ってはいけない。ひたすら歩け。
村を出る前に、シオドアは最後の質問をした。
「誰が俺をここへ連れて来たんだい?」
ニートがニッコリ笑って教えてくれた。
「キナだ。オクターリャ族の英雄、キナ・クワコだ。」
アスルが本当は何歳なのか、考えるのは止そう。あの男は時空を飛んで俺を過去のジャングルへ運んだのだ。1960年代のセルバ共和国だ。本当にそうなのか? ニートは芝居をしていて、村人が俺を養うことに疲れて追い払ったのではないのか?
時計を持っていなかったので、何時間歩いたのかわからなかった。太陽を背中に、は随分と難しい課題だ。太陽は東から上って西へ沈む。だから彼は西へ向かい、北を向いて、東へ歩く筈だ。夜はどうすれば良い? 何時日が沈む?
ニートがくれた干し肉を食べ尽くした。水筒は空っぽだ。水を汲みたいが、水場を探せば「太陽を常に背に」を守れなくなる。暑いし、痒いし、痛い。
あと半時間歩いたらぶっ倒れてしまう、と思った時、前方に明るい光が見えた。文明の灯りか? 彼は走り出した。最後の気力だ。背中に太陽がいるのかどうか、確認もしなかった。足がもつれて、前のめりに転倒した。
目の前を大きなトラックのタイヤが通り過ぎた。クラクションが鳴り響き、彼は熱いアスファルトの路面に倒れていた。慌てて身を起こしたら、いきなり後ろから服を掴まれて引き摺られた。
「危ないじゃないか!」
スペイン語で誰かが怒鳴った。振り返ると、大勢の通行人が彼を取り囲む様に見ていた。シオドアは周囲を見た。見覚えのある風景だ。向こうに見えているのは、グラダ大学の正門じゃないか!
「戻った・・・」
彼は呟いた。
「俺は戻ったんだ・・・」
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