日曜日は休みの筈だったが、雨季が近づいていると言う理由で、発掘隊は遺跡に出かけた。シオドアも同行した。キャンプにいてもすることがない。採取した植物の遺伝情報を解析しようにもコンピューターがないのだ。シュライプマイヤーに留守番を言いつけ、彼はリオッタ教授と共にフランス人達とトラックに揺られて遺跡へ向かった。マーベリックが神殿を見学してみないかと誘ってくれた。オクタカス遺跡にはピラミッドや神殿と思しき大きな建造物がなかったので、意外に思えた。
「山の斜面に洞窟があって、古代のオクタカスの住民はそこを神殿として使っていた様なんだ。セルバの古代遺跡にはそうした地下へ潜る形の祭祀跡が多い。」
それでシオドアはメサへ上るのを中止して考古学者達と一緒に洞窟神殿に行くことにした。メサへ送ってくれる役目の兵士は、前日トラックの荷台で話しかけて来た男だった。
「調査隊が午前中に洞窟に入るそうだから、俺も同行させてもらえることになった。ステファン中尉にお昼に会おうと伝えてくれないか。」
シオドアが伝言を頼むと、兵士は敬礼して車に乗り込み、走り去った。
シオドアはライト付きのヘルメットを貸してもらった。考古学者達は日曜日だからと調査より下見気分だ。カメラ等の記録装備を持って、彼等は1時間後に洞窟の前に集合した。洞窟の入り口外部は階段が刻まれ、岸壁にそれらしく動物をモチーフにしたレリーフが彫られていた。穴は高さが3メートル程、幅は5メートル程だ。規模は大きくなさそうだが、洞窟はかなり奥まで伸びており、真っ暗だった。
中へ入ろうと声をかけようとして、マーベリックが口を閉じた。彼の視線を追うと、ステファン中尉が立っていた。アサルトライフルは持っているが、銃口は下を向いていた。調査隊が一気に緊張に包まれた。マーベリックが彼に言った。
「洞窟に入るなとは言われていない。」
中尉が素っ気なく言った。
「入るなと言いに来たのではない。」
彼はシオドアを顎で指した。
「ドクトルから目を離すなと命令されている。」
「では・・・君も一緒にどうだね?」
と陽気なイタリア人リオッタ教授が場の空気を和らげようと声をかけた。シオドアも入るなと言われたくなかったので、「行こうぜ!」と声をかけた。
「どうせ、昼になったら君はこの中が荒らされていないかチェックするんだろ? 一緒に入ればその手間が省けるじゃないか。」
チェっと若い中尉は舌打ちしたが、手で進めとマーベリックに合図した。
調査隊は洞窟の中に足を踏み入れた。
洞窟神殿の床は、最初の10メートルばかりを石畳で造られていた。調査隊は壁や天井をライトで照らし、レリーフが岸壁に直に彫られていることを確認した。写真撮影をする学生が「手抜きだ」と呟き、調査隊の中に笑い声が起きた。
空気が澱み出したのは、それから更に進んだ頃だ。シオドアは目に刺激が来る臭いを感じた。まさか、これも呪いの神殿じゃないだろうな、とステファン中尉を見ると、中尉も臭いと感じたのか、首に巻いていたセルバ軍支給の緑色のスカーフを鼻の上まで引き上げていた。まるで野盗だ、とシオドアは可笑しくなって、慌てて前を向いた。リオッタ教授が臭いの感想を述べたのは、それから数分後だった。
「コウモリの排泄物が堆積していそうだな。」
先頭のマーベリックが同意した。
「どうやらコウモリの巣になっている様だ。皆んな、頭上に注意しろよ。」
天井からキーキーと声が聞こえてきた。足元がフワッと柔らかくなったのは、コウモリの糞やゴミだ。シオドアはポケットを探り、大判のハンカチを好運なことに引っ張り出せた。ステファン中尉の真似をして顔下半分を覆った。
洞窟は幅が狭くなり、壁の装飾がなくなった。しかし通路はまだ奥に伸びており、しかもほぼ真っ直ぐだ。天然ではなく人工の穴ではないか、とフランス人の1人が囁いた。洞窟の最深部なのか前方でコウモリの鳴き声が響いていた。
シオドアは真っ暗な空間を見回した。天井でコウモリが蠢いている。時々羽音の様なものが聞こえるし、何かが落ちてくる。不快な空間だな、と思った。外へ出たくなって来た。多分、ここで引き返すと言っても、ステファン中尉は反対しないだろう。中尉が見張らなければならない様な古代の遺物もなさそうだ。
「ここは本当に神殿なのかな。」
とフランス人の中から声が上がった。
「そうじゃないとしたら、また調査対象が増える。この場所は何が目的で造られたのかってことだ。」
その時、ステファン中尉がシオドアの肩を掴んだ。何? と振り返ると、中尉の目が緑色にキラリと光った。ヘルメットのライトがまともに当たった様だ。
「ご免よ、眩しかっただろ。」
シオドアは慌てて謝った。そして初めて気がついた。ステファン中尉はヘルメットを被っていなかったし、ライトも持っていなかった。え? っと思った直後に、前方でドンッと大きな音が響いた。調査隊が足を止めた。コウモリが騒ぎ出した。空気が動いた、とシオドアが感じたと同時に、ステファン中尉が叫んだ。
「走れ! 外へ出ろ!」
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