2021/06/19

笛の音 14

  翌日、シオドアは再び所長執務室に呼ばれた。今度はホープ将軍ではなく別の軍人が研究所の高位にいる科学者達と待ち構えていた。軍人はヒッコリー大佐と名乗った。机の上に、前日ジョーンズの意識を混濁から呼び戻した土笛が置かれていた。

「説明してくれないか、シオドア。」

とエルネスト・ゲイルが言った。

「デイヴィッド・ジョーンズが正気を取り戻した。この笛を吹いたからだと看護師が言うのだが、本当かい? 君が持ってきたと彼は言っていた。」

 誤魔化すと却って面倒なのでシオドアは正直に語ることにした。信じる信じないは彼等の勝手だ。

「そうだよ。ジョーンズは博物館で買った笛を吹いて狂気に陥った。だから俺は呪いだの呪術だのと言った中米の文化に詳しい知人に協力を求めた。博物館で買った笛を遺跡から持ち出された文化財だと言って、セルバ大使に持って行ってもらった。セルバ大使はメキシコの知人に渡すと言っていた。そして昨日、メキシコからそこにある別の笛が送られて来た。ジョーンズに吹かせろと指示が同封されていたから、病院へ行って、彼に吹かせたら、正気に帰ったんだよ。以上だ。」

 エルネストがワイズマンを見た。ワイズマンはヒッコリー大佐と顔を見合わせた。エルネストがシオドアに向き直った。

「ふざけるなよ。笛で人間が発狂したり、正気に帰ったりするものか!」
「俺に怒るなよ。俺だってそれ以上のことはわからないんだから。」

 シオドアは笛を指差して科学者らしい見解を述べた。

「その笛から出る音波がジョーンズの脳に何らかの影響を与えて、正常に戻したのじゃないのか?」
「笛の音波?」

 馬鹿にされる前にシオドアは続けた。

「メキシコに持ち去られた笛も奇妙な空気穴が作られていた。俺は音を聞いていないから、何とも言えないがね。犬笛みたいな物じゃないか? 」
「シオドア、笛の音で人間の脳を狂わせることが出来れば、それは兵器になるぞ。」

 ヒッコリー大佐の言葉に、シオドアはギクリとした。そうだ、ここは軍事基地の中の研究所だ。何を研究しているんだ? 兵器じゃないのか? 俺達遺伝子組み替え人間は、兵器として開発されたんじゃないのか? 
 彼は作り笑を大佐に向けた。

「それじゃ、その笛を分析されては如何です? 俺は遺伝子学者だ。物理学の分析はご免被ります。」

 なんで遺伝子研究を軍事施設でしているんだ? 人間を兵器に改造するのか? それとも生物兵器の研究か?
 シオドア、とまたヒッコリー大佐が呼んだ。どうしてこいつらは俺をハーストと呼ばないんだ。ファーストネームを呼んで優位を示しているつもりか。

「君はセルバ共和国へ行った目的をまだ思い出せないのか?」
「まだです。」
「だが、ジョーンズの笛をセルバ人に相談した・・・」
「セルバ共和国で呪い師を見たんです。だから知人に訊いてみた。」
「セルバ人はジョーンズを正常に戻す方法を知っていた。」
「否、笛はメキシコの農村で作られた物です。新しい笛を送って来たのも、メキシコ人です。俺の知らない人です。」
 
 その時、それまで黙っていたダブスンが口を開いた。

「テオは最近ある特定の被験者の遺伝子情報を繰り返し閲覧しています。彼は同じものを行方不明になる前も何度も見ていました。セルバ共和国のエンジェル鉱石から提供された血液サンプルの一つです。」

 他人のアクセスログを見張っているのか。シオドアはこの監視だらけの施設が心底嫌に思った。ダブスンがシオドアに尋ねた。

「セルバ人の遺伝子に何があるの?」
「わからない。」

 シオドアは正直に打ち明けた。

「わからないから、提供者本人と実際に面会しようと出かけたんだ。それ以外に考えられない。あんな砂漠しかない街へ・・・」

 彼はワイズマンとヒッコリー大佐に訴えかけた。

「俺をもう一度セルバ共和国へ行かせて下さい。謎の遺伝子の正体を見極めたいんです。」
「どんな遺伝子だ?」
「脳に関係するものです。」

 シオドアは自分の額を指差した。

「前頭葉の形成情報が普通の人と違う。微妙に違う人がいます。それが人間にどんな効果を与えているのか、見たいんです。きっと記憶を失う前の俺も同じ思いだった筈です。だから、あんな遠くまで出かけて行ったんです。」
「行っても無駄よ。」

 ダブスンが薄ら笑った。

「私は彼の捜索に空軍の協力を得て空路でオルガ・グランデに行きました。エンジェル鉱石の鉱山がある街です。馬鹿みたいに閉鎖的な街です。他所者はいつも誰かに見られているし、私もシオドアを探すついでに血液提供者の身元を尋ねてみました。彼がその人を訪ねたかも知れないと思ったので。でも誰も教えてくれませんでした。」
「当たり前だろう。」

 シオドアも笑った。

「血液提供者の氏名をこっちは持っていないんだ。被験者7438・F・24・セルバなんて訊いても、誰も知らないさ。それとも君は知っていたのかい?」

 ダブスンの顔が赤くなった。シオドアは彼の指摘が図星だったので逆に驚いた。彼女は人探しをするのに標本番号だけで探したのか?
 科学者の1人が言った。

「セルバ共和国は首都や東海岸の工場地帯なら外国人も自由に滞在出来ますが、都市部から外へ出ると閉鎖的で、遺跡などは立ち入り申請を出してもなかなか許可が下りないと聞きます。オルガ・グランデは山間部で、鉱山はセルバ共和国の数少ない外貨獲得の手段です。簡単に外国人が入れると思えません。ダブスンが行けたのは、アンゲルス社主がまだ生きていた時です。彼はこの研究所に協力的でした。しかし彼が亡くなった今、ハーストがあの街に入るのは難しいでしょう。」
「オルガ・グランデが難しいのなら、首都から攻めます。」

とシオドアは言った。

「首都で何かの仕事をして信用を掴んでから、オルガ・グランデの鉱山へ行きます。時間はかかりますが、研究の仕事はインターネットで出来るでしょう?」



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