2021/06/19

笛の音 12

 ワイズマンに呼ばれて所長執務室に行くと、見知らぬ軍服姿の男が所長と一緒に待っていた。肩章は陸軍大将だ。ダブスンが度々名を挙げていたホープ将軍と言う人だろうと、シオドアは見当をつけた。この研究所の最高責任者だ。
 果たして、ワイズマンは軍人をホープ将軍と紹介し、将軍がシオドアに尋ねた。

「気分はどうだ? 少しは何か思い出したか?」

と尋ねた。シオドアは「いいえ」と短く答えた。将軍は恐らく昔の彼と顔馴染みなのだろうが、今の彼には初対面の人だ。話すことは何もなかった。
 将軍がワイズマンに目で合図した。 ワイズマンが机の上のパソコンのスクリーンをシオドアの方へ向けた。

「今日の昼前にカフェで会っていた人物だが、誰だかわかっているか?」

 セキュリティカメラに、笛の包みをテーブルに置いて話をしているシオドアとミゲール大使が映っていた。ここは軍事基地だ。訪問者は全てチェックされているのだ。シオドアに客の名を訊いたが、多分既に身元照会も済んでいるに違いない。シオドアは正直に答えた。

「セルバ共和国の大使ミゲール氏です。」
「君に何の用があって大使がここへ来たのだ?」
「俺が呼んで来てもらったのです。」

 シオドアは本当のことを言っても頭がおかしいと思われるだろうと思いつつ、 それでも本当のことを言った。

「助手のジョーンズを助ける方法を考えて、彼がおかしくなる直前に博物館で買った笛が原因じゃないかと思ったんです。博物館のオーナーが中米の遺跡で買ったと言っていたので、セルバ共和国の友人に相談したら、友人の遣いの人が笛を引き取りに来たんです。」

 彼は大袈裟に頭を掻いてみせた。

「いやぁ、驚いたなぁ、まさか大使が来るとは思わなかった!」
「テオ。」

 ワイズマンが顔を顰めた。この男は俺が何か言うと直ぐこんな表情をするな、とシオドアは思った。

「大使は本当はどんな用件で来たんだ?」
「だから言ったじゃないですか。ジョーンズの笛を引き取りに来たんですよ。あれは呪いの笛なんです。大使はメキシコの知り合いにあの笛を見せて呪いを解いてもらうと言ってくれたんです。」
「そんな話を誰が信じる?」
「嘘だと思うなら、ミゲール大使に訊いて下さい。」

 シオドアは「麻薬じゃないです。」と言い添えた。ワイズマンとホープ将軍が疑っているのは、麻薬の売買でないことはわかっていた。シオドアが研究所から何か研究データを盗み出して外国に売り渡したと疑っているのだ。
 その時、ホープ将軍の携帯電話に着信があった。将軍がワイズマンに断らずに電話に出た。誰かと暫く話をしていたが、やがて

「本当に彼はそう言ったのですな?」

と念を押した。そして「わかりました」と言って通話を終えた。
 シオドアは将軍が怖い顔をしてこちらを見たので、電話の相手は外交関係の人間だろうと推測した。将軍がワイズマンに言った。

「国務長官がミゲール大使と話したそうだ。」
「大使は何と?」

 将軍が憎々しげに言った。

「この研究所の職員が博物館で買った土笛は密輸品の疑いがあるそうだ。アメリカ政府の正規職員が、外国の遺跡から違法に持ち出された文化財を所持するのは拙いだろうと、ハースト博士が気を利かせて通報してくれたから、引き取りに行った、と大使は言ったそうだ。」

 ワイズマンがシオドアを見たので、シオドアは大使に話を合わせた。

「つまり・・・ジョーンズが密輸品を買ったって公になったら、研究所としても拙いじゃないですか。だから呪いの品ってことにして誤魔化そうとしたんですが・・・」
「科学者の端くれが、呪いなんか持ち出すか!」

 ワイズマンは仏頂面だ。ホープ将軍はまだ疑わしげにシオドアを見ていた。

「笛にデータを仕込んで渡したと言うことはないだろうな?」
「何のデータです?」

 シオドアも苛々してきた。

「俺はここへ帰って来てから書類整理や他人の研究のデータ入力ばっかりしているんです。遺伝子マップを解析したり、分子構造を確認したりしてますが、それが何に応用されているのか、誰も教えてくれない。それらの価値もわからない。どうして外国に売り渡せるんです?」
「お前の頭脳の優秀さはよくわかっている。」

 将軍が冷たい目で言った。

「お前は馬鹿のフリも上手くやってのけるだろう。」
「フリ?」

 シオドアはカッとなった。思わず将軍に詰め寄った。

「俺の記憶喪失がフリだって言うのか!!」

 テオ!と叫びながらワイズマンが机の向こうから出てきた。シオドアの腕を掴んで引き戻した。

「落ち着け! 君は病気だ。まだ完全じゃない。それは皆んな知っている。」

 シオドアは将軍を指挿して怒鳴った。

「こいつは俺を嘘つき呼ばわりしたんだぞ!」
「テオ、静かにしなさい! 鎮静剤を打たれたいのか?」

 体に力を入れたまま、シオドアは動きを止めた。注射で意識混濁にされたくなかった。将軍が鼻先で笑った。

「生意気なところは、ちっとも変わらんな。ワイズマン君、しっかり躾直しておけ。」

 そして部屋から出て行った。



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