ピクニック前の子供ほどではないが、遠出はやっぱり浮き浮きする。シオドアはボディガードのシュライプマイヤーとリオッタ教授と共に空港へ行き、指定された飛行機に乗った。エンジン音の煩いプロペラ機で、新しいものと思えなかったので、内心不安だったが、リオッタ教授は気にしなかった。飛行中はシオドアにオクタカス遺跡がどんな場所か喋り続けた。シオドアは半分も聞いていなかった。大学には金曜日の午後出かけて火曜日の昼に戻ると予定を提出しておいた。学生達はアルスト先生は新種の植物でも採取に行くのだろうと思っているようだ。本格的な授業はまだ始まったばかりなので、シオドアが出したレポートの宿題に喜んでいた。きっとすぐに書ける題材だろう。シオドアはあまり内容を考えずに出題したので、帰って来てから授業がどんな方向へ向かうのか、考え付かなかった。これで1年間過ごせるのか?
飛行機がダートの滑走路に降りた時は舌を噛むかと思った。シュライプマイヤーは元軍人だから慣れているのだろう、2人の学者の蒼白な顔を見て、ちょっと優越感に浸っている様子だった。
飛行場から迎えのオンボロバスに乗って、ジャングルに入って行った。リオッタ教授が虫除けのスプレーを1本分けてくれた。
オクタカス遺跡は背後に岩山が聳え立つ森の端にあった。フランスの大学が主導する発掘隊が既に半分ほどジャングルから掘り出していた。蔦や樹木を伐採して石の住居跡や道路と思しきものを陽光の中に曝し出していた。所々にシートがかけてあるのは、壁画やレリーフなどを保護するためだ。
「樹木を伐採して出てきたものを記録している段階です。調査はこれから何年もかかりますよ。私もここで働けたらなぁ。」
リオッタ教授は目を輝かせて言った。博物館の物を借りてきて学生達に教室で講義するだけの生活に退屈していることは明らかだった。
フランス調査隊の指揮者は驚いたことにアメリカ人だった。レビン・マーベリックと自己紹介した彼は、この調査隊の中ではスペイン語を使うこと、と最初に注意を与えてきた。
「我々をゲリラから守っている政府軍の兵士達に理解出来る言葉で話すことが、発掘許可の条件に入っているからね。」
と彼はシオドアに英語でこそっと囁いた。
「そんなに大きな遺跡じゃないんだが、今迄見たこともないレリーフや壁画がたくさんあって、正に考古学者にとって宝の山だよ。」
そう言われてもシオドアには興味がなかった。呪いの神像や笛がなければ良いが、とそれだけを願った。初日は到着して直ぐに日が落ちたので、遺跡から車で半時間のベースキャンプで歓迎会をしてもらった。フランス人達は全部で5人、後は彼等が連れてきた学生10名、現地で雇った作業助手20名。コックが1人いて、期待以上に美味しい料理を出してくれた。安物で申し訳ない、とフランス人がワインを開けてくれたので、楽しい食事会になった。一度護衛の陸軍小隊の隊長が挨拶に来た。その人がステファン中尉かと思ったが、違った。
「ステファン中尉は大統領警護隊に所属されております。」
と小隊長が言った。
「エル・パハロ・ヴェルデは我々とは距離を置かれています。明日、中尉のところにご案内します。」
エル・パハロ・ヴェルデ、つまり”緑の鳥”、大統領警護隊の異名だ。小隊長が仲間のところへ帰って行くと、マーベリックが忌々しげに言った。
「連中は何かと言うと、”緑の鳥”にお伺いを立てるんだ。村へ買い物に行くのも、木を伐るのも、地面を掘るのも、中尉のお許しが出ないことには何もさせてもらえない。」
「だが、お陰で今のところ、我々はゲリラの襲撃を受けていないし、泥棒も来ない。村で聞いた話では、ゲリラの活動が近頃活発になって来ているそうだ。このキャンプが無事なのは、エル・パハロ・ヴェルデがいるからだと、村で噂されている。」
フランス人の言葉に、マーベリックは「ふん!」と鼻先で笑った。リオッタ教授が彼等が言い合いを始めそうな雰囲気を察して、話題を変えた。
「ところで、村の住民にこの遺跡に関する言い伝えとか、昔話は残っていないのかな?」
マーベリックとフランス人達が銘々の顔を見合わせた。言い伝えはあるんだな、とシオドアは思った。マーベリックが自分のグラスにワインを継ぎ足しながら答えた。
「遺跡が遺跡として残るのは、地元の人間に近づいてはいけないと言う話が伝わっているからさ。このオクタカスも例外ではない。」
若いフランス人がつぶやいた。
「死者の街、です。」
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エル・パハロ・ヴェルデ El Pajaro Verde The green bird
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