2021/06/22

風の刃 12

 結局シオドアとステファン中尉がベースキャンプに戻ったのはお昼をかなり過ぎた辺りだった。遺跡の片付けを中尉が見張らなければならず、シオドアも負傷の程度の重い者から順番に運ばれたので最後のグループになった。リオッタ教授と水筒の水で傷を洗い合った。

「折角ここ迄来たのに、早々と中止ですか。」

 リオッタは残念そうだった。大統領警護隊文化保護担当部は事故の詳細と原因を明らかにする迄は発掘調査再開を許可しないだろう。セルバ流の時間の使い方を考えれば、雨季が来る前に許可が出ると思えなかった。

「それにしても、あの洞窟は奇妙でしたね。」

 考古学者は事故より遺跡を気にしていた。

「人の手を加えてあるのは入り口だけで、中は天然の洞窟に見える。しかし、あんな真っ直ぐな天然洞窟はあり得ない。何らかの理由で手掘りのままの形にしてあるんですよ、きっと。」

 やっとトラックの順番が回ってきた。シオドアがキャンプに戻るので、ステファン中尉も同行する。彼は現場にまだ残る陸軍小隊長に、夕方には調査隊の残りをキャンプに連れ帰ること、作業が途中でも必ず引き揚げさせることを命じた。
 トラックの上では全員無口だった。流石に疲れが出た。傷は痛むし、全身コウモリの排泄物の臭いを放っているし、空腹だった。
 ベースキャンプに到着すると、直ぐにシュライプマイヤーがすっ飛んで来た。護衛すべき人が負傷して戻ったのだから当たり前だ。彼はシオドアを守りきれなかったとステファン中尉を責めたが、中尉は知らん顔をして衛星電話を借りに行った。定時報告の時間は2時間も前に過ぎていた。しかしベースキャンプの衛星電話はフランス人が使いっぱなしだった。本国やグラダ・シティのフランス大使館や病院にかけまくっていた。それで中尉は軍のキャンプへ出かけて行った。
 シオドアは冷たい水のシャワーで全身を洗った。セルバ共和国の「七不思議」の一つに、「どの村にも必ず涸れない井戸がある」と言うものがある。水量の多い少ないはあっても、どんな旱魃でも最低限の飲料水を確保出来る井戸がどの町や村にもあるのだ。オクタカス遺跡発掘調査隊のベースキャンプにも、調査隊が来る前に軍が掘った井戸があった。

「セルバ人は井戸掘りの名人だ。」

 怪我が軽くて済んだフランス人がシオドアの為に水を汲んでくれながら、そう教えてくれた。

「連中は水脈を探し当てるのが上手いんだ。アフリカや中央アジアの乾燥地帯にセルバ人を連れて行けば国際貢献になると思うがねぇ。」

 体が綺麗になると、新しい服を着て、傷の手当をしてもらった。医者は軍医だった。縫合の必要はないと言って、消毒と傷薬を塗って包帯を巻いてくれた。化膿止めの内服薬をもらい、シオドアはやっと昼食にありついた。シュライプマイヤーが来て、グラダ・シティに帰りましょうと言ったが、まだ火曜日になっていないと突っぱねた。
 ステファン中尉が戻って来たのは夕方だった。軍のキャンプで水浴びでもしたのか、肌は綺麗になっていたが、軍服は汚れたままだった。彼は不機嫌で、シュライプマイヤーにシオドアをしっかり守れと言って、メサのキャンプへ1人で戻って行った。遺跡泥棒を見張る軍の当番に同乗して行ったが、夜はあの大岩の上で1人だ。

「貴方を怪我させたので、上官に叱られたのでしょう。」

とシュライプマイヤーが皮肉を言った。

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