2021/06/23

風の刃 13

  月曜日の朝、シオドアは上空から聞こえて来るヘリコプターの爆音で目が覚めた。宿舎となっている小屋には彼とリオッタ教授、フランス人が2名寝ていたが、全員が騒音で起きてしまった。シオドアは小屋の外に出た。ベースキャンプの端の広場に大型の軍用輸送ヘリが降下して来るところだった。土埃が舞い上がり、彼は一旦ドアを閉めた。ヘリコプターが来たと告げると、フランス人が怪我人を輸送する為に軍が寄越してくれたのだと教えてくれた。ただ、こんな早朝に飛んで来るとは予想していなかったと彼等は呆れていた。シオドアは時間観念が適当なセルバ人らしいと思ったのだが。
 音が止んだのでまた外に出てみると、既にヘリの飛来を知って小隊長が数名の部下と共に軍キャンプから来ていた。ヘリから数人の兵士が降りて、小隊長と打ち合わせを始めた。シオドアが眺めてると、横に立ったリオッタ教授が愉快そうに言った。

「珍しいものが見られたね。あれはセルバ空軍だよ。ヘリとオンボロの戦闘機しか持っていないから滅多に飛ばない、とセルバ人の間でも揶揄われている軍隊だ。」

 水色の軍服の空軍兵と一緒に1人のカーキ色の軍服姿の男が降りて来て、こちらへ歩き出した。シオドアは彼が己の知っている顔だったので、驚いた。思わず駆け寄った。

「ロホ中尉! わざわざここへ来てくれたのか?」
「ブエノス・ディアス、ドクトル・アルスト。」
「テオでいいよ。」
「テオ、お怪我の具合は如何です?」

 訊かれてシオドアは左手を見せた。

「飛んできた石で切ったんだ。でも縫合するほどじゃなかった。直ぐに治るよ。」

 そうだ、俺は怪我がすぐ治る体質だ。その証拠に今朝はもう傷が痛まない。

「怪我人を迎えに来たのかい?」
「それは空軍の仕事です。」

 ロホはシオドアの後ろから近づいて来たイタリア人に視線を向けた。仕事柄考古学者と知り合いなのだろう、リオッタ教授とも朝の挨拶を交わした。礼儀上リオッタ教授の怪我の具合も尋ね、教授が軽症であることを確認した。リオッタ教授が不安気に尋ねた。

「君がお出ましと言うことは、やっぱりこの遺跡は封鎖かね?」
「残念ですが、そう言うことです。事故の原因究明が済む迄は何人も立ち入りを禁じます。」

 失望した教授は肩を落とし、調査隊に情報を伝えに集合棟へ歩いて行った。
 シオドアはロホにグラダ・シティを何時出発したのか尋ねた。するとロホが前日の昼過ぎだと答えたので、驚いた。その時刻、まだ調査隊は遺跡にいて大混乱だったのだ。

「俺の記憶では、フランス調査隊の重傷者がベースキャンプに戻ったのは早くても午後2時頃だった。陸軍が連絡したのかい?」
「ノ。」

 ロホはちょっと困った表情で顔を背けた。

「私が出かけた時は、誰も何が起きたのかわかりませんでした。ただ・・・彼女が私にオクタカスへ大至急行けと命じたので・・・」
「少佐が?」
「デランテロ・オクタカスの飛行場でやっと何が起きたのかわかりました。警護の小隊と連絡が繋がったので事故を知り、その後、少佐とステファンと交互に連絡を取り合って詳細が判明しました。空軍のヘリを手配して、今朝夜明け前に出発したのです。」

 よくわかった様で実は何か重要なことが抜けている説明だ、とシオドアは感じた。

「空軍は負傷者を運ぶ為に来たのだよね?」
「スィ。」
「君は、遺跡の封鎖に来た?」
「スィ。」
「少佐が君にここへ行けと命じた時は、事故の詳細は誰も知らなかった・・・?」

 ロホが困ったと言う顔でシオドアを見返した時、調査隊の人々が宿舎から出て来た。重傷者を担架でヘリへ運ぶ作業が始まり、マーベリック博士はロホから遺跡から撤収するよう言われて大いに嘆いて見せた。だが彼も石で全身を打身だらけにしていたので、これからヘリで運ばれる身だった。フランスの学者達と小一時間話し合い、結局撤収を承諾する書類に署名をした。その間にシオドアはリオッタ教授と共に朝食を取った。

「マルティネス中尉は良い人でしょう。」

と教授が言った時、誰のことかと彼はキョトンとした。その表情が意外だったと見えて、今度はリオッタの方がびっくりした。

「彼の名前を知らなかったのですか?」
「彼って、ロホですか?」
「スィ。ロホは渾名です。彼が率いるサッカーチームのユニフォームが赤いので、考古学者達がそう呼んでいるんです。本名はマルティネスです。アルフォンソ・マルティネス中尉です。」
「あー・・・それじゃ、アスルは・・・」
「キナ・クワコ少尉です。彼のチームは青いユニフォームなんです。」

 純粋な先住民の顔をしたロホが、アルフォンソ・マルティネス? めっちゃ白人の名前じゃん! とシオドアは驚いた。それにサッカーをやるのか。あの無愛想なアスルもサッカーをするのだ。当たり前だよな、ここは中米だ。野球やアメフトをするより遥かに自然だ。
 リオッタ教授が悔し気に呟いた。

「彼は良い人なんですけどねぇ・・・遺跡封鎖は参ったなぁ・・・」

 ロホが集合棟に入って来た。無料の不味いコーヒーを自分で淹れて飲みながらシオドアのテーブルに近づいて来た。シオドアは故意に彼の本名を使ってみた。

「封鎖の手続きは終わったのかい? マルティネス中尉。」

 ロホは彼が自分の本名を知ったことを気にせずに、スィ と答えた。

「これからステファンと合流して発掘現場の片付けの監視と、事故現場の検証を行います。同行されますか?」
 
 思いがけないお誘いにシオドアは躊躇なく頷いた。今日はまだ月曜日だ。丸一日ベースキャンプで過ごすのは嫌だった。
 


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

>少佐が君にここへ行けと命じた時は、事故の詳細は誰も知らなかった

事故が発生した時、恐らくステファンは無意識に少佐を呼んだのだろう。
ケツァル少佐は何が起きたか詳細はわからぬまま部下に危険が迫ったと判断してロホを派遣した。
中継地の空港でロホは事故発生を知り、衛星電話で繋がったステファンと少佐と三角形の体制で連絡を取り合った。

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