2021/06/28

はざま 13

  マハルダ・デネロス少尉にエレベーターに押し込まれたシュライプマイヤーが閉じかけた扉を押し開き、辛うじて脱出した時、デネロスはその真横に立っていた。大柄なアメリカ人が拳銃を片手に廊下を走ってトイレに入った時も、そこで動かずに立っていた。ボディガードがトイレを点検している間もじっと立っていた。彼がトイレから出て、歩いてアリアナ・オズボーンの部屋に戻り、ドアを閉じると、もう1度エレベーターのボタンを押した。扉が開いた箱の中に入り、下へ降りた。深夜にも関わらず人が出入りしている高級ホテルのロビーをTシャツとジーンズ、スニーカーの姿で堂々と歩いて横断し、正面玄関から出た。
 彼女が住んでいる官舎に向かって歩いていると、後ろからベンツのSUVが近づいてきた。運転席の女性が声を掛けた。

「良かったらお乗りなさいな、セニョリータ。」

 デネロスの笑顔が返事だった。彼女はサッと助手席側に回って、中に滑り込んだ。

「任務を半分完了しました!」

と報告した。ハンドルを握るケツァル少佐が半分?と尋ねた。デネロスは申し訳なさそうに答えた。

「ファイルとUSBは焼き捨てましたが、ドクトラの護衛は中途半端で放棄して来ました。」
「許します。」

 少佐がクスッと笑った。

「ファイルを焼いたのでは、残って護衛をするのは不可能です。」
「ファイルを外に持ち出そうかと思ったのですが、ドクトラの用心棒が2人いて、交替で廊下で見張っていましたので、キッチンで焼きました。」
「火災報知器はどうしました?」
「スキレットとミルクパンを重ねて煙が出ないように蒸し焼きにしました。でもU SBが弾けちゃって、ドクトラを起こしてしまいました。」
「まぁ、初めてにしては上出来です。」

 デネロスは遠ざかって行く高層ホテルの建物を振り返った。ちょっぴり悲しげに彼女が言った。

「ドクトラには優しくしてもらったのに、裏切る形になって申し訳ないです。」
「貴女は任務を遂行しただけです。」
 
 ケツァル少佐は若い部下が納得出来る説明をさらりとした。

「あのファイルが北米の人間の手に渡れば、全ての”ツィンル”の安全が脅かされることになっていたでしょう。あのファイルを作成したドクトル・アルストがそう言ったのです。ファイルの破壊はドクトル自身の希望でもありました。貴女は一族を救ったのです。」
「そうなんですか!」

 さっきまでしょげていたのが嘘みたいに、デネロスの目が輝いた。思わず運転中の上官の頬にキスをした。

「有り難うございます、少佐! 私、ちょっと自信がつきました。明日からもお仕事頑張ります!!」

 ケツァル少佐は微笑んだ。そして心の中で呟いた。

 これで貴女を”出来損ない”などと呼ばせない。

 半時間後、マハルダ・デネロス少尉を大統領警護隊官舎に送り届けた少佐は、車内からステファン中尉の携帯電話に掛けた。

「デネロス少尉は任務を完了しました。ドクトル・アルストに伝えなさい、明日の午前中に好きな所へ行って下さいと。」


 

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第11部  紅い水晶     19

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