真夜中に2回も叩き起こされたセラードホテルのフロント係は迷惑そうだった。ホテルの入り口には、いつからそこにいるのか、2人の迷彩服を着た兵士が2人、門番の様に立っており、ミカエルがリコを引きずる様にホテルに入るのを黙って見ていたが、ミカエルの後ろから続いたケツァル少佐には敬礼した。少佐も敬礼を返しホテルに入ると、眠たそうな顔でカウンターの向こうに立っているフロント係に一言、電話、と言った。ミカエルは彼女をチラリと見た。携帯電話を持っていないのか? エル・ティティの様な田舎町でも警察官や会計士は携帯電話を持っていたぞ。
フロント係が電話を押し出した。ミカエルはリコに送話器を差し出した。
「セニョール・バルデスとやらにかけてくれ。」
リコが怯えた表情で首を振った。恐れている。アンゲルス達に裏切り者と看做されて制裁を受けることを恐れている。ミカエルはリコを挟んで反対側に立っているケツァル少佐に声をかけた。
「何か保障してやれ。」
少佐が小さな溜息をついて、リコに言った。
「本件の方が付く迄、大統領警護隊がお前を保護します。」
「信じられねぇ。」
リコが泣きそうな声で抗議した。
「俺みたいなもんを、あんたが真剣に警護してくれる筈がねぇ!」
すると少佐は言った。
「ここには、ロス・パハロス・ヴェルデスが3人います。」
リコが黙り込んだので、ミカエルはちょっと驚いた。”緑の鳥”が3人って? ”緑の鳥”って何だ? ミカエルはホテルの出入り口に立っている2人の兵士を見やった。彼等も大統領警護隊なのか? アサルトライフルを所持しているが、リコの話ではミカエル・アンゲルスは私設軍隊の様なものを持っているそうだ。たった3人で武装軍団から1人のチンピラを守れるのか?
だがリコは電話のダイヤルを回し始めていた。アナログな世界だな、とミカエルはぼんやりと思った。俺はもっと最新設備の情報世界で生きていた筈だ。
長い呼び出し音の後で、誰かが電話の向こうで答えた。リコが舌で唇を舐めてから話しかけた。
「リコだ。セニョール・バルデスに繋いでくれ。」
ーー今、何時だと思ってるんだ!
電話の向こうの男が怒鳴った。リコは切られてしまわないよう、早口で喋った。
「大至急報告することがある。早く繋いでくれ!さもなきゃ、お前が後悔するぜ!」
電話の向こうの男が悪態をついた。保留の音楽が聞こえ、リコはミカエルを見た。
「セニョール・バルデスは旦那より恐ろしい人だ。あんたも俺も生きてこの街を出られるとは思えねぇ。ロス・パハロス・ヴェルデスは用件が済めば、さっさと飛んで行っちまうさ。」
ミカエルには街の実力者の恐ろしさがわからない。旦那と呼ばれるミカエル・アンゲルスがマフィア的な組織のボスなのだろうと想像はつく。その旦那が記憶を失っている彼の身元を知る手がかりを持っているかも知れないのだ。ここで引き下がる訳にいかなかった。バルデスと言う男はアンゲルスの腹心で、執事なのだとリコは言っていた。組織の実権を握っているのは、そちらの方かも知れない。
ミカエルがケツァル少佐を見ると、少佐は黙ってリコを眺めているだけだった。リコは彼女を見たくないようだ。先住民の美女をどう言う訳か非常に怖がっている。
保留音楽が途切れた。よく透る男の声が聞こえた。
ーーバルデスだ。何の用だ。
リコが口を開きかけたが、ケツァル少佐が送話器をひったくった。
「大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐です。緊急に会見したい用件があります。」
一瞬間が空いてから、電話の向こうの男が怒鳴った。
ーー何の冗談だ、リコ!
リコが薄暗い照明の下でもわかるほど青くなって叫んだ。
「本物なんです、セニョール、信じて下さい。ロス・パハロス・ヴェルデスがここにいるんです!」
電話の向こうが沈黙した。ミカエルは電話を切られたのかと心配になった。リコが恐る恐る電話に呼びかけた。
「セニョール?」
電話の向こうの男が質問してきた。
ーー大統領警護隊が俺に何の用だ?
少佐が答えた。
「公務です。」
ーーこんな夜中に?
「我々の任務に時刻は関係ありません。お宅へ伺います。」
ーー今は困る。
「では、明朝10:00に。」
相手は10秒ほど黙ってから、了承を伝えた。少佐は電話を切り、ミカエルとリコを見た。
「おやすみ。」
彼女はそう言い残して、さっさとホテルから出て行った。
1 件のコメント:
大統領警護隊、一人の時は パハロ・ヴェルデ、 2人以上だと パハロス・ヴェルデス。
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