2021/06/23

風の刃 15

  洞窟内は前日同様臭かった。3人はスカーフで顔の下半分を覆っていた。携行ライトで照らされた床はコウモリの糞に混ざってコウモリの死骸が散乱していた。小石も飛び散っている。ステファン中尉が先頭を歩いていたが、やがて足を止めた。

「昨日はここで”あれ”に遭った。」

 シオドアはもっと奥に入った所だと思ったが、振り返ると明るい入り口が案外近くに見えた。前日は初めて入洞したし、考古学者達が先に歩いていた。彼等は壁のレリーフや壁画を探していたので、歩みが遅かったのだ。それを思い出していたら、前の日に疑問に思ったことも思い出した。

「ステファン中尉、君はここで俺の肩を掴んで止めたよね。あれはどうして?」

 ステファン中尉が彼を振り返った。

「洞窟の奥で音がしたからです。」
「音?」
「スィ。物が崩れる音です。」

 どんな?と重ねて尋ねようとしたが、中尉は直ぐに歩き出した。
 足元に落ちている石が大きくなってきた。マーベリック達考古学博士達は、この石にまともにぶつかったのだ。拳大の石に躓きそうになったシオドアは、これが頭に当たっていたらと想像し、ゾッとした。
 頭上でコウモリが騒ぎ出した。昼間だと言うのに飛び回り出したのだ。外へ出て行く群れもいた。ロホが暢んびりと言った。

「コウモリを脅かすなよ、カルロ。」

 カルロ? ああ、C・ステファンのネームプレートのCか、とシオドアはぼんやりと思った。ステファン中尉がチェっと舌打ちするのが聞こえた。彼は歩きながら、負傷した学者達がどの位置にいたか説明した。ライトを持たずに入ったのに、どうして誰がどの位置にいたのかわかるのだろう、とシオドアは不思議で堪らなかった。それに今歩いている時も、ステファン中尉もロホも足元ではなく壁や天井に光を当てていた。
 先頭のマーベリック博士が災難に遭った場所から5分ほど進んで、ステファン中尉が立ち止まった。

「サラだ。」

 シオドアは彼の横に立った。不思議な光景が目の前に遭った。かなり高い天井の真ん中から光が差し込んでいた。一条の光は少し斜めに床に当たり、そこに積もったコウモリの排泄物や死骸や石やゴミを照らしていた。シオドアはライトの光をぼんやりと明るい空間の壁に沿って移動させた。直径50メートル近い完全な円形の空間だ。壁は手掘りではなく、石が綺麗に組まれている。祭壇や棚の類は一切なく、シオドア達が立っている洞窟だけが通路になっている。シオドアは天井を見上げた。高さが30メートルもある。だが天井は天然の岩の様だ。岩を組み合わせている。その中央に、これもほぼ正円の小さな開口部があり、そこから光が差し込んでいるのだ。穴の真下の床に窪みが開いて、その周囲は岩石とコウモリの死骸と土砂と樹木が積み重なって円形の山になっていた。土や植物の状態を見ると、ごく最近落ちたと思われた。

「この部分の天井が落ちて、その衝撃波が昨日の爆風ってことか?」

 シオドアが咄嗟に頭に浮かんだことを口に出すと、ステファン中尉が振り向き彼を見て、それからロホを見た。目と目を合わせる。数秒後、ロホが答えた。

「恐らく、そう言うことでしょう。」

 なんだ、さっきの間は? ロホが空間の中央に開いたクレーター状の窪みのそばへ歩いて行った。静かに歩いたが、埃が舞い上がった。恐らく何十年、何百年とコウモリの棲家となり、排泄物が堆積しているのだ。シオドアが後に続こうとすると、ステファン中尉に留められた。

「埃を吸い込むと、後で碌なことになりません。目にも入ります。」
「わかった。忠告有り難う。ところで、ここはどんな用途があった場所だろう? さっき君は”サラ”と言ったけど?」
「英語で言えば、法廷です。」
「古代の裁判所?」

 ロホがクレーターの周囲をゆっくりと回り始めるのを見ながら、ステファン中尉が解説してくれた。

「罪に問われた人間を、あの天井の開口部の下に立たせます。正確には真下ではなく、今ロホが歩いている様に少し外側になります。開口部の外に神官がいて、穴から物を落とし、下に立たせた人間が無事ならば無罪、怪我をしたり死んだりすれば有罪としたのです。」
「無茶苦茶だなぁ。」

 シオドアは現代人の感覚でそう評した。

「これは、”ヴェルデ・シエロ”の審判なのかい?」

 何気なく、そう言った。セルバ共和国 →  古代人 →  ”翼ある頭”  →  ”空の緑” と言う図式が彼の頭の中に出来上がっていた。ところが、大統領警護隊の2人の中尉が意外な反応をした。ロホが振り向き、シオドアを見てステファン中尉を見た。直ぐに彼等は口々にシオドアの言葉を否定しにかかったのだ。

「違います、ここは”ヴェルデ・ティエラ”の遺跡です。」
「オクタカスは遺跡としては新しいのです。」
「”ヴェルデ・シエロ”は太古に絶滅しました。」
「この遺跡は”ヴェルデ・シエロ”とは無関係です。」
「太古の人々がこんな方法で裁判をする筈がありません。」
「地下を血で汚すなど、もってのほかです!」

 シオドアは2人を見比べた。高い天井から差し込む僅かな光の中で、2人の中尉の目がキラキラと輝いていた。ロホの目は金色に、ステファン中尉の目は緑色に。
 シオドアは両手を上げて、降参、と言った。

「わかった、俺は考古学には全く無知だと認める。北米の俺が育った場所の近くに、中南米の遺跡から出土した物を集めている小さな博物館があるんだ。そこのセルバ共和国のコーナーにある説明板の内容しか、俺には知識がないんだ。」
「その説明に、”ヴェルデ・シエロ”の記述があるのですか?」

とロホが用心深く尋ねた。スィ、とシオドアは答えた。

「現代のセルバ人は”ヴェルデ・ティエラ”族とその血を引く人々で、今も”ヴェルデ・シエロ”と呼ばれる古代の神様を信仰していると書かれていた。その神様は頭に翼がある姿や、半人半獣の姿で壁画や彫刻に残されているって。」

 ステファン中尉が肩をすくめた。ロホが穏やかな口調で言った。

「我が国はカトリックです。古代からの土着信仰が生活の中に残っていることは否定しませんが、発掘調査が行われる遺跡のほぼ99パーセントは現代のセルバ人の祖先のものです。”ヴェルデ・シエロ”の遺跡が出たら、セルバ中の考古学者が殺到しますよ。」

 発掘調査が行われていない遺跡はどうなんだい? とシオドアは心の中で尋ねたが、声には出さなかった。


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