2021/07/22

博物館  6

 シオドアはティティオワ山の”死者の村”で聞いた亡者のお喋りに似た話し声をセルバ国立民族博物館の地下で聞いた。話し声は”死者の村”同様、彼が階段を降りた突き当たりのドアを開けた瞬間に聞こえなくなった。しかしそんなことはどうでも良かった。シオドアは目の前にずらりと並ぶ棚に置かれた物を目にして呆然と立ち尽くした。階段を吹き上がっていた黴臭い風の原因がわかったのだ。

「これ・・・全部ミイラ?」

膝を抱えたポーズで座る何十体と言う干からびた人間の遺体が棚をぎっしりと占めていた。

「スィ、セルバ人の祖先達です。」

 地下の部屋に入った途端に元気を取り戻したケツァル少佐は、シオドアの手を離し、室内に呼びかけた。

「ドクトル・ムリリョ、ケツァルです。呼び出しに応じて来ました。」

 シオドアは少佐から紹介があるまで口を利くなと言われていたので黙っていた。少佐が声をかけてからたっぷり2分も経ってから、棚の向こうから一人の高齢の男性が姿を現した。すっと背筋の伸びた背が高い純血種の先住民だ。日焼けした皮膚はなめし皮の様で、頭も眉毛も真っ白だった。鼻は高く目が鋭い。真一文字に結ばれた薄い唇は薄情そうに見えた。 服装は普通にノータイのワイシャツにコットンパンツだ。シオドアがミイラが服を着て歩いて来たのかと思ったほど痩身だった。何歳なのだろう。

「よく来た。」

とムリリョが低い声で言った。

「昼間、ケサダがお前が怒っていると言ったので、来ないかと思っていた。」
「人を呼び出しておいて場所も時間も告げないから、文句を言った迄です。」
「グラダなら、私が何処にいるかわかるだろうに。」
「私はママコナではありません。」

 少佐がミイラの棚にもたれかかった。

「ご用件は?」

 それ迄老人はシオドアを全く無視していた。そしてこの時、初めて彼を見た。

「この白人は何者だ?」
「グラダ大学の教授ともあろうお方が、彼を知らないのですか?」

  ケツァル少佐は恩師に対してかなり失礼な態度を取った。シオドアは老人が怒り出さないかと心配になった。だからつい言いつけを破って、自己紹介してしまった。

「生物学部で遺伝子工学の講師をしているテオドール・アルストです。」

 少佐が睨んだ。勝手に喋るなと言ったでしょ! と言われた気がした。ムリリョが首を傾げた。

「この白人は無礼だな。何故彼を連れて来た?」

 ケツァル少佐は投げ槍に答えた。

「彼自身にお訊き下さい。」

 シオドアも先住民流の直ぐに用件に入らない”ヴェルデ・シエロ”同士の会話にうんざりしたので、頭に浮かんだことを言った。

「女性を夜に呼び出すには似つかわしくない場所じゃないですか。彼女を呼んだ理由をさっさと説明なさっては如何です? まさかミイラや亡霊達に囲まれた黴臭い部屋で彼女を口説こうってんじゃないでしょうね。」

 あちゃーっと言いたげに少佐が顔に手を当てて下を向いた。失敗したかな?とシオドアは心配になった。”砂の民”で純血至上主義者を怒らせた?
 ファルゴ・デ・ムリリョがケツァル少佐を見た。深い皺を額に寄せたが、それは驚きの表情で眉を上げたからだった。

「ケツァルよ。」

と彼が少佐に呼びかけた。

「この白人は亡霊を見ることが出来るのか?」
「ノ! 見えません!」

 シオドアは慌てて否定した。

「幽霊なんて見たことありません。声が聞こえるだけです。」

 ムリリョがまた少佐に声をかけた。

「ケツァル、この白人が言ったことは本当か?」

 ケツァル少佐は正直に答えた。

「私は亡者の声を聞けませんので、彼が何を聞いているのか私にはお答え出来ません。」

 ムリリョがシオドアに顔を向けた。シオドアは彼が口角を上げるのを見た。


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第11部  紅い水晶     18

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