2021/07/10

異郷の空 14

 シルヴァークリークが東海岸の先住民の町だと気がついたのは、目的地のラシュモアシアターに到着した時だった。すっかり夜中になっていたが、週末の映画館の前では若者達が酔っ払って騒いでいた。彼等の顔付きがとても懐かしいものに見えた。シオドアは駐車場の中をゆっくり車を走らせ、女性の姿を探した。多分迷彩服を着た人を探していたのだ。だからコーナーを曲がるためにうんと速度を落とした時に、派手な赤いジャンパーを着た女性にいきなり横から窓を叩かれてびっくりした。
 ケツァル少佐は黒っぽい色のTシャツの上に防寒用のド派手な赤いジャンパーを着ただけだった。腰から下は迷彩柄のパンツだ。シオドアがドアを開けると素早く助手席に乗り込んで来た。シオドアは来た道を逆に走り始めた。片道2時間の行程をまた運転するのだ。

「”出口”はここしかなかったのかい?」
「都会のど真ん中に出てしまうより安全でしょう。」
「好きな場所に出られるんじゃないのか?」
「目的地の近くに出られますが、希望通りの場所に出られるとは限りません。」
「俺には仕組みがまだよく分からないんだが・・・」
「空間は均一ではないのです。渦が所々にできて、常時移動しています。渦が”入り口”です。入ると自分が行きたい方角を念じます。”出口”が出来て外に出られます。達人は”入り口”を見つけるのが早いし、”出口”を作るのも上手です。」

 シオドアはゲリラから逃げた時、バナナ畑に落ちたことを思い出した。ステファン、シオドア、ロホの順に上下に重なって落ち、少佐はバナナの木に引っかかっていた。ステファンが上官に苦情を言っていたっけ。もっと上手になってくれ、と。多分、上手な人がいれば地面に立った状態で出られたのだろう。
 今度は少佐が質問した。

「私の部下に何があったのですか?」
 
 それでシオドアはステファンから聞かされた話を語って聞かせた。ミゲール大使がメルカトル博物館の泥棒騒動を知らなかったように、少佐も知らなかった。アメリカの小さな私立の博物館で起きた窃盗未遂事件など外国で報道されたりしないのだ。陸軍特殊部隊のカメル軍曹がステファンを殺害しようとしたと聞いて、少佐は難しい表情を浮かべた。

「本当に殺したいのなら、銃を使えば確実でしょうに。軍曹は拳銃を所持していたのでしょう?」
「俺はそこまでは知らない。だが、警察に向けて発砲したから撃たれたんだ。何か銃器を持っていたのだろう。 ナイフで心臓を刺すのは何か意味があるのかな?」

 すると彼女は嫌そうに顔を顰めた。

「心臓を汚したかったのかも知れません。」
「心臓を汚す?」
「古代の儀式で、勇士の心臓を神に捧げ、神官達が食べると言うものがあります。」

 シオドアは運転しながら、はぁ? と声を上げた。

「食人じゃないか!」
「スィ。メソアメリカ文明ではしばしば見られる過去の文化です。他国の遺跡でも同様の儀式を表すレリーフなどが残っています。食べられる心臓の持ち主は、その勇気と戦歴を讃えられるのです。」
「・・・理解出来ない・・・」
「生贄の文化を私も支持している訳ではありません。今は、カメルの行動を分析しようと試みているだけです。」
「それにしたって・・・心臓を刺すと汚すことになるのか?」
「生贄の心臓は、血を流さずに取り出されなければなりません。食べられる者の名誉です。しかし、心臓自体を刺して血を流せば、勇者は汚され、名誉も汚されます。」

 少佐の声に怒りが滲んだ。

「混血の”ヴェルデ・シエロ”が大統領警護隊の上位将校へ昇ることを我慢出来ない奴等がいるようです。」

 シオドアは以前に少佐やステファン大尉から聞いた純血至上主義者の話を思い出した。純血の”ヴェルデ・シエロ”こそが人間で、他は認めないと言うファシスト達の存在だ。

「純血至上主義者の長老がカメルにステファン大尉の暗殺を命じたと言うことか?」
「誰が命令を出したのか知りませんが・・・」

 少佐は考え込んだ。

「外国で自国民を殺害する様な愚かなことを彼等は喜ばない筈です。私達の存在を外国に知られる恐れがあります。彼等自身が最も心配することです。ですから、カメルのことは・・・」

 シオドアは先に推論を述べた。

「個人的怨恨かな。ステファンに出世を邪魔された誰かの一族が怒っているとか?」

 少佐は否定しなかった。

「私もそれ以外に思いつきません。カメルは”ヴェルデ・ティエラ”、つまり貴方と同じ普通の人間ですから、心を操る術をかけられていたのではないかと思われます。”操心”は非常に高度な術です。長老の誰かが関係しているのでしょう。」

 シオドア達は高速道路に入った。ステファン大尉暗殺未遂はこれ以上考えても埒があかなかったので、彼は話題を転じた。

「ステファンが黒いジャガーに変身したことも聞いた?」
「スィ。」

 少佐の雰囲気が一変した。明るくなったのだ。

「驚きました。誰もが彼はナワルを使えないと諦めていたのですから。私も彼をどう指導すべきか分からなかったのです。今回は酷い状況だった様ですが、一回変身に成功すれば、後は訓練次第で好きな時にナワルを使える様になります。ロホの様に軽はずみに使わないよう、釘を刺す必要はありますが。」
「ミゲール大使は、彼が変身したと聞いて慌てていた様だけど・・・」
「変身出来る”ヴェルデ・シエロ”を私達は”ツィンル”と呼びます。意味は正に”人間”です。本国の長老会は国中の”ツィンル”を登録しています。未登録の”ツィンル”は危険人物扱いされるので、カルロの身の安全の為にも一刻も早く長老会へ報告することが必要だったのです。」
「変身できなければ”出来損ない”で、変身出来たら出来たで危険人物扱いかい? 君達の世界も厄介な決まりが多いなぁ。」

 少佐は肩をすくめただけで、シオドアの言葉を否定しなかった。

「彼は白人の血が入っているので、何が出来て何が出来ないのか、本人も私達もわかりません。ただ普段放出しっぱなしの彼の気がかなり強いので、年長者達は彼を警戒しています。感情のコントロールが出来なければ、気を爆発させてしまう恐れがあるからです。」
「ステファンはカメルに脇腹を切られた時、びっくりして電線を切った筈の警報装置を鳴らしてしまったと言っていた。」
「その時点で気の制御が効かなくなっていたのでしょう。だから逃げたい一心で速く動けるジャガーに変身したのです。」

 シオドアは何か言い忘れているような気がしたが、思い出せないでいた。

「君達純血種は、誰でもジャガーに変身出来るんだね?」
「純血種は、スィ、誰でもナワルを使えます。」
「君も?」
「スィ。」
「混血の人は無理なのか?」
「その人の気の大きさによります。”うちの”マハルダ・デネロス少尉は白人の血の割合が多いのですが、彼女自身の気は大きいので、ナワルを使えます。ただし、ジャガーではなく、オセロットです。」
「可愛い!」
「でも獰猛なオセロットですよ。」

と言いながらも、少佐が微笑んだ。年下の部下達の話をする時、彼女は家族を思う母親の様な表情になるのだ、とシオドアは気がついた。ケツァル少佐にとって、文化保護担当部は家族なのだろう。だからどんな危険な状況でも、部下が困難に直面すると助けにやって来る。シオドアは羨ましいと思った。彼も早くエル・ティティに戻って、ゴンザレス署長や若い巡査達と一緒に暮らしたい。
 そんな温かい感情が、いきなり破られた。
 ケツァル少佐が突然ビクリと体を震わせた。 ドクトル! と彼女がシオドアを呼んだ。

「急いで下さい。今、カルロが私を呼びました。」


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